比較、はサイズや内容を表す時に必要なものの一つだが
善悪100%ではない
比較も二面性を持つ
その「良くも悪くもなり得る」代表格がSNSなので
僕は基本的に一方通行のブログを
気が向いたときに書いているのだけど
生きていると何かしらのメディアに触れることは必要不可欠
そしてそこにも張り巡らされている
具体的なものと、それらしく見せる曖昧なもの
拝借:東京ドームシティ
土地の広さを表す時に「東京ドーム10個分」とか言ったりするが
東京ドーム自身は
“オレ、こんなんされる(比較される)ために生まれてきたんやないんやけど”と
思ったことは一度はあると思う
でも、具体的でおおよその広さの想像がつくから使われているのだ
一方で比較に出しても曖昧であり、消費者が損をしていることがある
食物繊維やビタミンなど、目には見えないもの
よく食物繊維がレタス3個分、とか書かれていたりするが
それはレモンのビタミンCと同じで
レタスが選ばれるのは、実は繊維がさほど含まれていないから
少なく見積もっても、平賀源内の時代から
庶民はキャッチコピーにやられてきているのだ
(ちなみに平賀源内は痩せた鰻を売る相談をされ
痩せた鰻を売るために土用の丑の日には鰻、と刷り込んだ)
※参考までに、土用の丑の日は年4日存在するが
2026年の夏の土用の丑の日は7月26日だ
これだけネットが普及した令和の世では
スマホを1分触ればわかることだが
現代は何でもわかる時代であると同時に
知ろうとしないと分からない時代でもある
関東では雨で線状降水帯が活動し、アンダーパスに車が浸かったりしているが
マイエリアでは一昔前の「暑さ寒さも彼岸まで」を
今年はおおよそ守っている
この冬は暖冬、という予報も出ているが、どうだろうか

