僕は盆じゃなくても毎朝手を合わせ

生花を絶やさないようにしているが

それでも盆には1,5倍で母のことを想う

 

 

拝借:浦和経済新聞(8/10の向日葵とのこと)

 

 

亡くなってすぐは申し訳ない気持ちでいっぱいだった

僕が誰か分からなくなる直前まで、僕のことを案じてくれた母

“あんた、頼むよ。私はもう時々遠くに行きよるから”

わからなくなる直前まで、何度も繰り返していた母

 

 

それが僕の罪悪感として残っていたのは事実で

例えば大企業でいいポジションに居たり年収高ければ心配かけなかったのか

最近は違うと思うようになった

確かに経済的なものも心配だろうが

母親にとっては“心身を大切にしなさいよ”だったのだと

心を壊した僕は思う

 

いくら頑張って少しばかり稼いでも

それで刑務所に入ることになったり、身体を壊しては元も子もない

確かに母親世代の最高の望みは「健康」だったように思う

今のメンタルでそう解釈できたことも嬉しいし、心が少し軽くなった

 

 

 

 

人は生育期に親に愛してもらいたい生き物だ

親に認めて貰えなかったことを引きずって生きている人は多い

いくらお金があっても、そういう人は幸せとはいえないだろう

 

僕は生育期、父親には否定されて育った

それを突破するための方法が「笑い」であったため

笑いの基礎パターンを自分で確立した

それは30歳位で芸人や夜の街で磨かれて、元気じゃない今でも

割と早めにカルテを作り、その場を持たせるのは出来る

 

逆に母は叱りながらも僕を肯定してくれた

僕はミリオネアではないが、生きてゆくお金はあるし

母親に受容してもらった記憶だけで生きてゆける

幾らAIが世の中で活躍しても

これだけは僕にしか理解できない僕の大切な記憶だ

 

 

お母さん、幸せをありがとう