大関・琴奨菊が日本人力士としては何んと10年ぶりの優勝を今期・初場所で飾った。この間大相撲の世界はモンゴル出身者を中心に外国籍なしいは母国を外国に持つ力士がまさに席巻した感があり、その意味からも琴奨菊の今回の優勝は国技である大相撲の本来多くの人々が求めた日本人力士待望論を見事に体現した【あっぱれ!】な成果であった事に間違いは無い所だろう。優勝からひと夜明け、TVのインタビューなどに応える琴奨菊のまさにその面持ちからも何か大きな課題を乗り越え成し遂げた喜びがひしひしと伝わるものであった事も又、うなずける。しかし私はその慶事とその対応に付いてあえて警鐘を鳴らしたい!。琴奨菊と言う力士は、長らく故障続きであった事と併せて何やらその性格が【お調子者】である事が否めない。大関昇進直後の事を思い出しても然り、次場所までの期間は約二ヶ月、僅かな猶予しか無いのである。…にも関わらず新大関の責任、即ちその責務に鑑み相応の成績を残さなくてはならない事は恐らく【百も承知】の筈であるのに本場所までのOFF間、バラエティー番組などに頻繁に顔を出し最も重要な【稽古】をおろそかにしたのである。そしてその結果は当然の如く到底新大関の責任を果たしたとは言えないお粗末な成績に終始したのである。その後も周知の如く今期の優勝までの道のりで【負け越し】や休場の数も甚だしく辛うじて【かど番】を脱すると言う、言わば綱渡りの様な土俵生活を送って来たと言うのが現状なのだ。彼も典型的な現代っ子なのだろう。32歳!まだ若い。しかし力士の32歳と言えば本来土俵生命の短い力士として考えるなら【円熟期】を迎えている頃と認識するのが順当である。来場所『大阪場所.3月』又彼が初場所と同様、優勝ないしはそれに準ずる好成績を残せば、横綱”と言う【芽】も出て来るだろうが、恐らくそれは非常に難しい!。何故なら初場所終了からこのかた、やはり【御多分に洩れず】彼のはしゃぎぶり、【お調子者】ぶりが顕著だからだ。昨年結婚した夫人との【披露宴】が昨日盛大に行われた様で、それはそれとして結構な事だがそれに先立つ過日の会見ではいくら記者の要望とは言え、公の場で夫婦で【キス】をして見せるなど、おおよそ見るに耐えない醜態を平気でさらす事を恥とも思わないのであるから呆れる。私は古くは栃錦、若乃花(初代)、大鵬、柏戸時代までのさかのぼって相撲を見て来た人間であるから言えるが、その昔、力士たる者は常に毅然として一見怖い程の勝負師としての気迫と冒しがたい品格を持っていたものだ。
恐らく当時の力士であるならば、人前で【夫婦でいちゃつく!】様な破廉恥な行為はいくら記者からの要望があろうと断固これを拒否したであろうし又、【相撲道のあるべき姿】即ち【総てこれ木鶏たらん事を目途】に邁進していた【神聖】にして【品格】に満ちた対応で会見も行われていたに違いない。相撲は単なる勝負事ではない!。【清らかな神事】に準じた儀式でもあるものだ。大相撲の優勝者はその事を深く心に留置き【品格】を重んじ全てに粛々と対応しなければならない!。単にスポーツとしての【くくり】で考えてはならないのだ。目尻を下げてニヤついて恥も外聞もなく新婚とは言え女房を前に【惚れてまうやろ~!】などと言い放つ大相撲の優勝者それが、いやしくも【大関を貼る】力士!
【品格】は何処へやら!【琴奨菊よ!いつまでも鼻の下を伸ばしていると、その分力士生命は短くなるぞ!。もっと真面目に事の本質を見極める努力をしろ!。】私はそう彼に言いたい所である。
(ルチアーナ筆。)