歌曲王シューベルトが書き遺した三大歌曲集の内、最も躍動的であり尚且つ揺れ動く若い粉職人の失恋と失意の内に自己破滅への道のりへと突き進む悲劇的結末をこれ程までに時に優雅に時に激烈に描き切った作品の類例を私は他に見い出す事が出来ない。ウィルヘルム・ミュラーの連作詩に基づく歌曲集「美しき水車小屋の娘」全20曲がそれである。シューベルトはこの自身と同じく短命だった詩人のはかなく燃え尽きる短き青春の炎にも似た詩情に大きなインスピレーションを得てこの歌曲集を完成させたに違いないが、それは同時に作曲者たるシューベルト自身の青春への希望が燃え尽きるのを悟る人生との決別をも意味した事に相違ないところだろう。日々体力は病によって奪われ気力も削がれ失意の程は増大の一途をたどる。生き地獄とはこの事だ。しかしそんな逃れる事の出来ない悲惨な状況の下、後世我々がこれ程までに心に深い感動を得る事の出来る名作にシューベルトはこの歌曲集を仕上げてくれたのだ。まさに芸術の普遍性をここでも又垣間見る思いである。さてそして現在、私達がこの作品に接する時、どれ程優れた演奏即ち、歌唱に巡り合う事が出来るのか?フィッシャー・ディスカウ亡く、ヘルマン、プライ亡く、ブンダーリッヒも遥かに亡く。しかし今、私達はクリスティアン・ゲルハーエルを聴く事が出来る。伸びやかで甘く洗練されたその響きは若き日のフィッシャー・ディスカウを彷彿とさせる豊かな温度感を持った佇まいを有し我々はその美声に暫し酔い知らされる事請け合いだ。この様に理知的で凛としたしかも清潔感に富んだハイ・バリトンを私はディスカウの死後彼をおいて他には知らない。もっともゲルハーエル自身、最初に来日したのは2002年であり今は既に押しも押されぬ名歌手として君臨しているのだが…。しかしドイツリートの歌唱はその発声法においても楽曲解釈においても途方もない技術的修練が不可欠でありそれを会得するには並大抵の勉学・努力では事足りない。無類の才能に恵まれ個々の楽曲の持つほんの小さなニュアンスの妙ですら歌唱表現に的確に再現出来なくてはとても鑑賞に耐えるものとして成立しないのだ。その点【ゲルハーエルの歌唱】はその全てにおいて非の打ち所がない素晴らしいものだ。私はディスカウ、プライが又、シュワルツコップフが戦後打ち立てたドイツリートの王道を引き継ぎ今やこれら偉大な先達の歴史的業績に匹敵する成果をもたらしつつ活躍するゲルハーエルのリートを現在の歌唱の最高峰としてとらえ高く評価している。世に言う【美声】の典型がここにまさに存する。ドイツリートの崇高な面持ちを上質な品位に裏打ちされた美しい歌声で完璧に表現し尽くす驚きと共に感動に満ち満ちたクリスティアン・ゲルハーエルの歌唱を諸兄も是非ご一聴あれ!。必ずやその清々しさに心打たれる事、私がここに保証しよう。
(ルチアーナ筆。)
★クリスティアン・ゲルハーエル
【バリトン】
ピアノ伴奏 ゲロルド・フーバー
このコンビによる
シューベルト三大歌曲集
【美しき水車小屋の娘】
【冬の旅】
【白鳥の歌】他
名唱の数々はどうぞCDで!
お持ちになれば生涯の宝と
なる事請け合い!!。