白鳥の歌”かくも美しく…。10” | ルチアーナの音楽時評・アラカルト。

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40年以上に及ぶ音楽家としての筆者の活動と
その経験から得た感動や自らの価値観に基づき
広く芸術、エンターテイメント等に独自の論評を
加えて参ります。現在小説 愛のセレナーデと、
クロス小説 ミューズの声を随時掲載中です。
こちらもご覧頂ければ幸いです。

サヤは歌う事に関しては天才的反応を示す。改善点が皆無という訳ではない。日本歌曲に付いては先述の通り修正が迫られる。しかし私には焦りはない。全ては時間の問題、出来ぬ話ではないからだ。同時に語学の事も信じられない向上を見せる。英語はもとよりクラシックには不可欠なイタリア語、ドイツ語、各々を妻やカーニヤから学問の範疇ではなく感覚と感性で吸収して行く。何度も言うがこんなに簡単に歌を学べて良いのだろうか?私は私自身の苦労を振り返り度々そう思うのだ。巡り合わせの妙、不可思議な出会い、宝を得た様な幸福感、しかしそれら全てが虚しい結末へのプレリュードなのか?無駄と分かりつつ又考えては悩み苦しむこうした日々が今は実に腹立たしい。さて昨日の厳しいレッスンを経てサヤの歌は又一つ大きな変貌の兆しを見せている。私の身体、ひっ迫する症状の悪化状況を踏まえ、あの子はそれを決して遅れる事なく追走して無駄な時間を私に費やさす事を一切しない。だからこそ今日は休ませた。サヤはカーニヤを伴って今日は午前中から買い物に出かけている。私も今日は休息を取っている。地下ホームシアターのもう一つ奥に八畳ほどの広さを有する落ち着いた雰囲気のオーディオ専用室がある。そこで私は妻と二人久しぶりにクラシック音楽の世界観に浸っている。全方位4chStereoが醸し出す音の世界は真底、私の心を癒してくれる。バッハ「ブランデンブルグ協奏曲No4。No5。」ベートーヴェン「交響曲第七番」そしてチャイコフスキー「弦楽セレナーデC-dur」全て私と妻が心から愛してやまない曲だ。私は左眼の視力を失ったが右眼はまだ健在だ。…がしかし片方であれ視力を失った事は何かやはり感覚のぶれを引き起こすのではと常に気にやんでいたが今日こうして久しぶりに音楽だけを聴く時間を持ってそれは寧ろ私の聴覚を研ぎ澄ます結果に結び付いている事に気が付いた。どの曲を聴いても細部に渡る音楽的描写が今まで以上に把握出来、演奏者の表現意図が手に取る様に分かる。それも私に与えられた終末への褒美なのかもしれない。一頻り鑑賞時間を過ごし私達は一階へ…。昨今は、レッスンで地下ルームにいる時以外は、より広いこの応接スペースで過ごす事が多くなっている。車椅子の稼働がこちらの方が楽な事もあるのだが…。昼下がりサヤとカーニヤが仲睦まじく誠に楽しそうな笑顔で帰宅した。「ただいま~!ムーパパ、マーママねぇ~ねぇ~見て見て~!」サヤは開口一番そう叫ぶ様に私達の前に現れた。度肝を抜かれる思いだった。そこにはビスチェとか言うダイレクトブラの様なインナーの上に薄でのカーディガンをはおり、ヘソ出しで下はショートデニムという私には気が遠くなる様な出で立ちのサヤがいた。秋風が漂う様になった今般、季節が一ヶ月逆戻りした様なその服装に私は言葉が見つからない。妻(まゆ美)「あら~!サヤちゃん可愛いわ~!。ねぇ~ムーンさん。お買い物してその場で着替えて帰って来たのね!」カーニヤ「そう、そう、そう。凄く可愛いね。サヤは最高よ。私と一緒に選んだよ。そして秋だからこういうの、ちょっと…、少し、安かったね!」何だか訳が分からないがサヤと妻、そしてカーニヤまで入っての共同戦線に私は歯が立つ筈もない。あとで妻から聞いた話だが何でもサヤは私の眼が少しでも見える内に自身の身体を見て眼に焼き付けておいて欲しかったのだそうだ。裸でも良いのだがそんな格好でムーパパの前にいったら物凄く怒られると思ってカーニヤと相談してぎりぎり、あの程度で留めたそうだ。「くだらない!、バカバカしい!。」だいいち私は命そのものを失う身だ。そんな事に何の意味があるのだ!。少々腹立たしかったが、妻はそれでもサヤの精一杯の気持ちがここにもあるのだから…っと私に理解してやって欲しいと懇願するのだった。まぁ、しかし私も少しは大人になったかと思っていたサヤが内心はまだ何も変わっていなかった事に何か寧ろ愛おしさを感じるのを覚える瞬間だった事も事実であり全て微笑ましくとらえ様と気持ちを切り替える事にした。天才的歌唱力と音楽性を持ち合わせ僅か一年にも満たない状況下でも我が国有数のコンペティションに出場するだけの技量を持った二十歳の娘、類稀な才能を持つこの娘の精神的なギャップ…。いったいこれは何だ!。分かる人がいるなら教えて欲しい。さあ…!レクリエーションは今日一日!。明日から又、レッスンである。容赦はしない。最高の芸術とは何なのかをサヤに見せ付けなければ。一切の妥協は許されない事を分からせねば…!。
(続く。)ルチアーナ作