大学キャンパス中央会議室、講習会
終了後、私の話を聞く為に主要な方々が挙ってここに参集してくれている。
まぁ~今の私が何か話せば百人が百人全てが沈痛な面持ちでその話に耳を傾けるに違いないが、そうそう私はここでネガティブな話を展開しようとしてはいない。私(市澤)「先程はわがままを通して頂き、異例にも私の本当にプライベートな生徒の実力考査に皆さん貴重なお時間を割いて頂き誠にありがとう御座いました。あの子と私ども夫婦とは実の所短期間ではありますが今や大変密接な関係にありまして、その詳細は学長先生始め、大学関係者の皆さんそして本大学とこれも又、密接な関係にあるクラシカル・アカデミー社の方々にも既にお話して御座いますがここで改めて私の存念をお聞き頂き出来うる事ならばお力添えを頂きたいと存じて居ります。端的に申し上げます。私はあの子を今年度末に開催されますアーティスティック・コンペティション・ジャパン・V”(Vはヴォーカルの頭文字)にエントリーさせようと考えて居ります。」会議室はどよめいた。我が国で最も権威ある声楽部門のみ即ち若き声楽家、才能に満ちた者だけが評価される最高のコンクールであるこの催し、これに私はサヤを出場させると宣言したのだから。
学歴、学閥など一切問わない建前で
実力を示し得るステージここがサヤを
活かす最初の場所となる。私は既にそう確信している。但し参加者は師事している教師の他、あと二人別途推薦人がいるのだ。私はこれを星野教授、畑原学長の二人にお願いしたい旨伝えた。勿論二人はそれに答え推薦人となる事を承諾してくれた。そして最後に私は自らの人生の結末をこのコンクールにサヤを送り出す迄、その時迄と決めた事、今日よりあの子、金城サヤを養女として迎え入れ市澤サヤとする事、私の生死に関わらずコンクールの後、サヤを研修させ改めて本大学へ入学させる事など、全て洗いざらい打ち明けた。隣席の諸兄は私の話の切々たる内容に何も異論は差し挟まない。ただ私の信頼する教え子である星野教授だけがこう私に告げた。「先生のお話は全て承りました。納得も致しました。…ですが先生、ただ一つだけ先生は間違って居られます。それは先生!先生がおい出にならなくなるなどと言う事を私共が到底受け入れる事が出来ないという事です。その点だけは…!よろしいですか!先生は生きて頂かなくてはなりません。先だって私、先生のご自宅の方へ伺わせて頂いた時も申し上げましたが今シーズン私が歌うトラヴィアータ”もその後に続くオーヴァチュアに過ぎないのです。序曲だけのオペラはあり得ない訳でそこを先生のお力でもっと末長く支えて頂かなくてはならないのです…。それだけはどうかお忘れ下さいません様に…。」有難かった。星野教授、いや星野くんの頬を伝う熱いものを見つめながら私は何故か安らぎと静けさに満ちた心の落ち着きを感じていた。コンペティションの開催は3月末、期限は残り8ヶ月、大丈夫だ。あの子なら出来る。ただそれだけではない。グランプリを取らせなくては!。私は最後の力を全て投入してサヤを育てる。「それにしてもお嬢さんの歌は素晴らしい限りです。感服しました。」諸兄は口を揃えてそう言ってくれる。「お嬢さん?!」私は一瞬躊躇する。「いやですね~!。先生…!サヤさんですよ。」星野くんにたしなめられる様に諭され、気づく。そうだ!今日からサヤは私とまゆ美の娘なんだと…。ふ~む。今日は些か疲れた。全ては収まる所に収まり私はサヤの為、妻の為、そして私を支えてくれている人々の為、生きる事を誓わされた思いがした。そんな一日を終え、私はやっと帰宅する。村田さんのいつもの安全運転で…。妻の待つ、そして今日から私の娘となったサヤの待つ我が家へ…。最愛の二人の元へ…。NoonMooonの二人の事も抜かりはない守野くんは明日NoiとMyu、二人に我が家で面会する。私が仲介し設定をした。事前の連絡に二人も心良く都心からかなりの距離を有する我が家への再びの来宅を承諾、後は話合いあるのみだ。クラシック以外のマネージメントは初の試み、CA社の条件は果たして…。いや!既に根回しは完了している。本当にサプライズだ。さあ~手はずは整えた。先ずは全て万全だ!。明日という日を希望の日に変えよう…。まだまだ生きなければならない。サヤもNoonMooonもこの私が彼女達のこれから歩む道筋を見定めてやらねば…。そうでなけれはならない。私の思いは益々募るばかりなのだ。
(続く。)ルチアーナ作