白鳥の歌”出会い・そして修練の時8。 | ルチアーナの音楽時評・アラカルト。

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40年以上に及ぶ音楽家としての筆者の活動と
その経験から得た感動や自らの価値観に基づき
広く芸術、エンターテイメント等に独自の論評を
加えて参ります。現在小説 愛のセレナーデと、
クロス小説 ミューズの声を随時掲載中です。
こちらもご覧頂ければ幸いです。

朝食の時間は程なく過ぎ、私達夫婦と
サヤはさらに1階にもう一つある部屋、
談話室へ移動し、前もってこれも芳子さんが用意してくれていたブルーマウンテンを食後のお茶代わりに3人で飲みながら、この娘のあれからの一週間を回想させる様に私達に話させた。それにしても、こんなに香り高いコーヒーの最高峰と呼ばれる一杯にこの子は何杯砂糖を入れるのだ!しかもミルクも又、沢山…。あ~あ…台無しだ!まあ~でも良い。話に専念しよう。サヤの話はこうだ。一週間前、この屋敷を後に村田さんの運転で例の赤坂の公園まで送ってもらった後、少しはまともに働こうとアルバイト先を探して転々としたが今節、身元引受人もいない、住所不定おまけに連絡手段の携帯電話も所持していない若い女の子をいくらアルバイトとは言え雇ってくれる所はなく、寝泊まりの為友人を頼るにも携帯電話がない為、連絡が取れず、いた仕方なくアポなしで友人宅を訪れるも、それではやはり相手にも都合がありで
あえなく追い返されるという最悪の状況を招いてしまった事等、無理からぬ話の連続であった。そして極め付けが
ヤケになり又、例のようすの良い中年男性に媚びを売り思わせ振りに近づき
金銭をせがむという虚に出るのである。しかしサヤは誓って女の子の最後のプライドは捨てていないと言い張った。一緒にお酒を飲んでカラオケに行ったりはするが絶対にそれ以上はないと…!。私の屋敷を最後に頼ったのは
その最後のプライドが危なく破られる
寸前の止むに止まれぬ結果だとサヤは
又、涙ながらに語り話を終えた。私はサヤが例え常人として著しくモラルに反した行いを過去にしていたとしても
今、それを問おうなどと決して考えてはいない。妻も同様だ。だがサヤはそこに執拗にこだわるのだ。終いには私達夫婦の前で裸になるから調べて欲しいとまで言う。私達夫婦が生きる世界と自身がおかれた現実感との狭間で私達と接する為、保っておきたいこの子の精一杯の心の砦がこの部分なのかもしれない。そうなら何と可哀想な事か。私達との出会いがこの子の精神的プレッシャーを増幅させた事になったのだから…。それにしても今のサヤは美しい。決して自分を失わない強い信念と又、自らを戒める自制心をも持った娘だ。たまたま環境と運に恵まれなかっただけなのだ。さあ~これだけ聞けばもう充分だ。後はこの子をどうバックアップするか考えれば良い。先ず私達はかつてサヤが身を寄せていた養護施設へ連絡を入れる事にした。サヤに電話番号を聞き、実行へ…。施設側は当然、驚愕した。全く連絡の取れなかったかつての寮生を心底心配していた事が窓口となった妻と電話の向こうで話をする施設側の職員とのやり取り、語調をからして容易に推測出来た。だが現実は甘くはない二十歳に到達し成人扱いとなるサヤは最早、施設でバックアップ出来る法律的裏立てがないのだ。妻と私は交互に電話を代わりつつ、今後も施設側との連絡を密にしつつもサヤの身柄は当面、こちらで預かる事として電話を切った。当然切り際にはサヤに電話に出させ今までの不義理を詫びさせた。施設側も寛容に穏便に事の推移を容認してくれたのだった。一安心である。う~んそうだ!
まだ有った。あの時帰り際まで持っていたあの多額の現金はどうしたのだ!サヤは答えた。全部使ったと…。ビジネスホテルの宿泊代。飲食代。一人でカラオケも行ったそうだ。それに買い物。何を買えば一週間で数十万の金が湯水の様に消えるのだ。「それはおじさんには言えない!。」何…!今更!…の心境だ。聞けばあの金は会社の最終勤務に伴う最後の給与とせびった小遣いを合わせたものだったらしい。会社から退職金は出なかった様だ。横で妻は笑っている。何か昨日から急に妻とサヤの間で連携プレイが目立つ。
あまり愉快な事ではないが、そのうち聞き出す。まあ~今日はそれで良しとしよう。私は今日これから病院へ行く。定期検診である。今朝からの手の痺れの事も話さなくてはならない。
「先生そろそろ…。」村田さんが車の用意を整え、私に通院外出の時間である事を促してくれた。(続く。)
ルチアーナ作