ショパンが天上の美を体現してみせた以後ピアノ音楽の極致を新たな感性で構築した作曲家兼ピアニストがまたも現れる。ラフマニノフである。彼はまさに20世紀前半を華々しく飾った豪華絢爛なピアノ音楽芸術の偉大な創造者であった。故国ロシアの社会主義革命を契機に彼は言わば亡命する形でアメリカに渡りその後の仕事に従事する。
そして何と言ってもラフマニノフと言えば空前絶後の超絶的技巧を駆使しつつも深い奥行きと神秘的色彩に包まれた表現力に満ち溢れた3曲のピアノ協奏曲が最も著名な作品と言う事になるのだろう。しかし今日はその話ではない。これらの作品に付いては又、改めて論評する事としてここではあたかも神の思し召しでも受け書き綴ったとしか思えぬほど美しく、それを美しく体現する為にどれほどの技術、いや美技を歌い手として修得しなければならないか計り知れないそんな特筆すべき作品の話をしたい。それはラフマニノフが書いた14曲からなる構成の歌曲集の最後の一曲、ヴォーカリーズの事だ。これは読んで字のごとく、曲名の通り母音唱法により歌われる曲で元々、歌詞を持っていない。そしてだからこそなし得た極限の美、美しく愛おしいほど精錬なメロディーこれを持ち合わせている。こんな曲を作り上げるとはラフマニノフとはどんな思考の持ち主だったのだろう。頭の中の構造を見て見たいと思う程だ。とにかく尋常ではない美しさなのだ。たかだか3分40秒程のこの曲に私は何度、目頭を熱くした事か…。彼の生涯を通しての一連の作品を聴けば自ずと分かる事だがラフマニノフ程壮大華麗な楽想を描いた作曲家もそうざらにはいない。ピアノ曲だけではない。交響曲等も含めて…。そんな中にあってこのヴォカリーズはやはり特異なのか?繊細で清潔感に満ちたその極限の美は万人にこの曲の究極的魅力を与え続けるだろう。目をつむりそっと耳を傾け静かにこの曲を受け入れて欲しい。次の瞬間きっとこの曲の虜になっている筈だ。美しい音楽は人の心を癒やし同時に育てもする。その答えはこの曲を聴けば必ず見出せる事だろう。涙と共に…。
(ルチアーナ筆。)
「かつてのソプラノの名花
キャスリーン・バトルが歌った
あの名唱、未だこの歌唱を上回る
ヴォカリーズの歌唱を私は聴いた事
がない。素晴らしいの一言だ…。
最後に思う!。もしこの曲を聴いて
も何も感じないと言う人がいたら
それはもう悪いが人非人だ…。」