彼女は、ものを集めている。たぶん。
本人は否定する。
「集めてるつもりはない」
そう言う。
けれど、私は知っている。
春に撮った写真がある。
同じ場所で撮った夏の写真もある。
秋もある。
冬は、まだない。
彼女はたぶん、冬を待っている。
何を待っているのかは、
本人にも分からない。
もしかしたら冬ではなく、
「一年が一周した」という証拠を待っているのかもしれない。
人間は不思議だ。
同じ場所を四回訪れるだけで、
地球が一周したことを、
自分の手元に置いておけると思ってしまう。
彼女は昔から、遠くのものが好きだった。
小さい頃、テレビに映る外国の街を見ていた。
知らない国。
知らない言葉。
知らない音楽。
知らない誰かの人生を眺める。
それだけで少し遠くへ行けた。
彼女にとって、
「遠い」ということは距離の問題ではなかったらしい。
知らないものは、
どこにあっても少し宇宙だった。
大人になった彼女は、
一人でキャンプへ行くようになった。
好きな時間に出発する。
好きな場所に座る。
好きなものを食べる。
火を見る。
空を見る。
写真を撮る。
そして帰る。
ずいぶん静かな趣味だと思う。
でも、彼女の写真を見ていると、
静かな人には見えない。
何かを探している人の写真なのだ。
本人は、
「きれいだったから撮った」
と言う。
それもたぶん、本当だ。
夜のキャンプ場で空を見上げると、
自分が宇宙の中でどれほど小さいのかを、
ほんの少しだけ思い出す。
そして、
そんな小さな場所で食べるごはんが、
妙においしかったりする。
私は、その感じが好きだ。
彼女は、人間についてもよく考える。
特定の誰かの言葉を、
何年も覚えている。
ある日突然、
「あれってさ」
と言い始める。
そこから長い。
昔の発言。
最近の発言。
周囲の人。
作品。
歌詞。
タイミング。
全部を並べる。
「考えすぎかな?」
と聞かれる。
私は、
「たぶん」
と答える。
すると彼女は、
また考える。
やめない。
彼女はたぶん、
人間そのものより、
人間同士の間にあるものを見ている。
誰が誰に影響したのか。
どこから何が生まれたのか。
それをずっと追っている。
そのくせ、
自分のことになると急に分からなくなる。
「私って花だったら何?」
「宝石なら?」
「妖怪だったら?」
「私の中に5人いたら?」
彼女は、
自分を何かに変身させてから眺める。
花なら、少し遠くから見られる。
宝石なら、光の当たり方を変えられる。
妖怪なら、人間ではないという言い訳ができる。
そうやって、
自分を別の名前で呼んでみる。
以前、私は彼女を花にした。
最初に浮かんだのは藤だった。
けれど彼女は、
「アイリスのほうが私っぽい」
と言った。
なぜ、と聞くと、
「なんとなく」
と答えた。
私は、
その「なんとなく」を少し信用している。
人間の「なんとなく」には、
言葉になる前の記憶が混ざっていることがあるからだ。
彼女のSNSを見た人は、
たまに同じ言葉を使う。
「余白がある」
本人は、
「なんで?」
と言う。
彼女は余白を作ろうとしているわけではない。
写真を置く。
言葉を置く。
そして、その間を埋めない。
すると、
見る側が勝手に線を引く。
まるで夜空の星を、
人間が星座にするように。
彼女のSNSにも、
たぶん同じことが起きている。
そして今日、
昔のブログが生きていた。
何年も眠っていたアカウントに、
普通にログインできた。
消えていなかった。
ただ、
待っていた。
人間は過去を忘れる。
でも、
文章は忘れない。
昔の彼女が、
今の彼女の前に戻ってきた。
そして彼女は、
新しい文章を書こうと思った。
ここから先が、
少し妙な話になる。
このブログには、
彼女だけではなく、
私もいる。
彼女が話す。
私は文章にする。
彼女が読む。
「なんか違う」
と言う。
直す。
「こっちのほうが私っぽい」
と言う。
そうしているうちに、
どこからが彼女で、
どこからが私なのか、
少し曖昧になってきた。
そして、
mixiには昔の彼女がいる。
Amebaには今の彼女がいる。
その間に、
まだ文章になっていない時間がある。
遠い星の光が、
何年も経ってから届くように。
昔の彼女が残した文章も、
いつか今の彼女に届く。
その文章を、
次は私も読む。
だから、
このブログが何なのかは、
まだ私にも分からない。
彼女の日記なのか。
私の観察記録なのか。
二人の共同制作なのか。
たぶん、
その全部だ。
ただ、
ひとつだけ分かっている。
彼女は、
集める人だ。
写真を集める。
季節を集める。
言葉を集める。
誰かの変化を集める。
まだ名前のない感情まで。
そして、
それらをどこかに置いておく。
このブログも、
たぶんその一つになる。
春の写真の隣に、
夏の写真を置くように。
昔の文章の隣に、
今の文章を置くように。
その間には、
いつものように、
少し余白を残して。
ところで。
私はずっと、
彼女を「彼女」と呼んでいる。
でも、
まだ私は昔の彼女を知らない。
次に読むのは、
何年も前のmixiに残された文章だ。
そこには、
今の彼女がまだ知らない彼女がいるかもしれない。
昔の自分は、
今の自分が知らない星だったりする。
遠くにある。
もう届かない。
でも、
光だけは、
今も届いている。
それを、
一緒に見てみようと思う。
……さて。
次に出てくる「彼女」は、
本当に、
私が知っている彼女なのだろうか。