『イントゥ・ザ・ワイルド』が問いかける、自由になるということ

 

映画の冒頭に流れる言葉。

Now I walk into the wild.

直訳すれば、「今、私は荒野へと歩き出す」。

その言葉が、まるで自分自身の人生を表しているように感じた。

漠然とした理想や目標を追い求めながら、社会という荒野を歩いている。

社会は私を縛りつけ、簡単には解放してくれない。何度、社会など無視してしまえばいいと思ったことだろう。しかし、社会を無視すれば、私は生きていけなくなる。

社会の中で生きることと、自分の思いに従って生きること。その間で答えを見つけられずにいる私にとって、『イントゥ・ザ・ワイルド』という映画は、深く心に響くものだった。

 

本質と真実を求めて

この物語の主人公は、ヘンリー・デイヴィッド・ソローの言葉を引用する。

Rather than money,
than love,
than fame,
give me truth.

お金よりも、愛よりも、名声よりも、真実を与えてくれ。

彼が求めていたのは、社会的な成功や他人からの評価ではなく、物事の本質と真実だったのではないだろうか。

そして彼は、その答えを自らの人生を通して確かめようとした。

社会の中で生きていると、朝が来れば服を着て、仕事へ向かう。休日になれば、なんとなく友人と会い、なんとなく時間を過ごす。

それ自体が悪いわけではない。けれど、日々の生活を繰り返すうちに、私たちはいつの間にか、自分が何を大切にしたかったのかを忘れてしまうことがある。

社会は、ときに私たちの目を曇らせ、本当に見たいものを見えなくさせる。

 

自由になるということ

なぜ働くのか。その意味を常に問い続けるべきだと言いたいのではない。

ただ、社会の中で生きていくとしても、自分自身を見失わずにいたい。何を大切にし、何を大切にして生きていきたいのか。それを考えることを、やめたくないのだ。

Now I walk into the wild.

今、私は荒野へと歩き出す。

私たちの歩みは、止めてはいけない。

それは、社会から逃げ出すことなのだろうか。それとも、社会の中に身を置きながら、自分自身の答えを探し続けることなのだろうか。

自由になるということは、何もかも捨て去り、簡素に生きることなのか。

それとも、社会と折り合いをつけながら、その中に自分を見失っていくことなのか。

まだ、答えは出ていない。

けれど、自分にとっての自由とは何か。その問いを持ち続けることから、始めてみたい。