先日、街中で大工町という地名を見つけた。ザザの少し西。
『ここらへんは大工さんたちが住んでいたのだろうか』。
魚まち。
たしか新撰組の生き残った人齊藤一だったか?が
ばったり旧幕府軍の仲間に再開してしばらくこの魚街に住んだとか。
たしか菊を作って品種改良して賞をいただいたとか。いまでも魚関係の店、乾物屋が多いような気がする。
はたご街は少し南に下ったところにある。はたごが町とつくぐらいあったということは
どういうことか。ここを東海道が通っていたということだ。すると
江戸時代の東海道は今の鳴子の通りと同じ位置というかきっと江戸時代の東海道を広げたのがこの鳴子の通りだろう。
浜ホールのまえを通りながらみると『中島銃砲店』は店を畳んでしまったようだ。
以前、ここにお邪魔して話しを聞いたことがあったっけ。
いつも雨戸が閉まっていて荒れた感じがする。
10年前は開いていた。
この中島銃砲店は新撰組の隊士中島登が始めた店。



