彼を思ふ故に我有り② | 仮面書蹟

仮面書蹟

小説用に用意しました。
かなり暗い感じの小説となると思いますが、読んでいただければ幸いです。
更新頻度は悪いかと思いますが、気長にお待ちいただければと思います。

私は数日で退院し、その後仕事にも復帰した。

あの時、彼を殺し、そして自分も死のうと考えようとしていたはずだ。

思い出した私は、何度か死ぬことを考えた。



しかし、死ぬことはできなかった。



ビルから飛び降りようと屋上に上っても、手首にナイフを突き立てても死ねない。

死ぬことに恐怖してはいなかったが、死ぬことができない。

足がすくみ、手が震える。

あとどれだけ踏み出せばいい?どれだけ深く刃を入れればいい?


何度試しても同じ結果。

中途半端に終わってしまう。

何度同じことを試したか、私の中で何かが壊れたように、自然と笑いが込み上げてくる。

笑いながら私の頬を涙が伝った。


それでも私は彼のことが好きだった。

死んだ今でもそれは変わらない。

死ぬことはできなかったけど、その代わりに私は手首の傷を増やしていった。


恋愛もせず、ただ仕事のノルマをこなすだけの日々が続いた。

いつしか、死ぬためのリストカットではなく、彼への想いを消さないためのものとなり日常と化していた。



何年か経ち、新たな出会いが訪れる。



会社で知り合った同年代の男性。

その男はすごく優しく私に接してくれた。

最初は誰のことも拒絶していた私も、徐々に彼に魅かれていった。


予感はしていたが、その時はとうとう訪れた。


「君のことが好き。付き合ってくれないかな?結婚を前提にお付き合いして下さい。」


その人は私の過去を知らない。

私の手首の傷も・・・


「少しだけ待ってください。」

付き合うのであれば、ちゃんと話をしたい。

だからその時はそう答えるしかなかった。


そして、私は彼のことを男に話した。

告白されて数日経った日のことだ。


私はすべてを打ち明けた。

数年前に付き合っていた彼がいたこと、その彼が事故で死んだこと、彼の死ぬ直前彼に対して抱いた殺意、今でも彼が好きだということ、彼の後を追って死のうとしたこと、手首を傷つけていること・・・


男から拒絶されるだろうと私は予想した。

それでいい。

私は幸せになれない。

もう、拒絶されることなんか怖くない。

彼への想いを抱いて、彼に対する罪を背負い続けて死ぬだけだから。


しかし、男からの返事は予想外のものだった。


「俺が幸せにするから、その人のこと忘れさせてあげるから。俺の気持ちは変わらないよ。」

「でも・・・」

「じゃあ、この前の返事はもう少し待つよ。けど、これからもデートとかしてくれるかな?気持ちの整理がついたときにまた返事をくれればいいから。」


すごくうれしい言葉だった。

あまりの優しい言葉に涙が溢れた。

それを見た男は、そっと私を抱きしめてくれた。


私はその男と一緒の時間を何度も過ごした。

告白の返事を急かすこともなく、1年ほど待ってくれた。

その間も私は彼のことを忘れることはできなかったが、手首に刃物を当てる頻度が少なくなっていった。


そして、そこからまた半年、告白されてから1年半ほどの月日が流れた。

私は、初めて男を呼び出し、話をしたいと告げた。

待ち合わせの約束をし、私はすぐに駅へ向かった。


歩いて駅に向かう途中、男への想いを再確認する。

あの人なら私のことを幸せにしてくれる。

こんな私のことを受け入れてくれた。

それが嬉しくて仕方がない。


そのためには過去を吹っ切らなければならない。

男の想いに答えるために、私が前進するためにしなければいけないこと。

彼のことを忘れる。


罪は償えないし、それを忘れることは許されないと思うが、彼への想いは忘れよう。


そんなことを考えながら横断歩道を渡る。


『私はあの人が好き。』


その瞬間、私の身体に何かが衝突した。


何が起こったのかわからず、ただただ意識が朦朧とする。

かすむ視界の中で見えるものは地面を流れる赤い血と、私の腕だった。

何度も傷つけたはずの手首。

傷は癒え、傷跡もきれいになっている。


これなら、あの人とちゃんと新しい人生を歩んでいけるかな?


そのまま私は目を閉じた。