私は数日で退院し、その後仕事にも復帰した。
あの時、彼を殺し、そして自分も死のうと考えようとしていたはずだ。
思い出した私は、何度か死ぬことを考えた。
しかし、死ぬことはできなかった。
ビルから飛び降りようと屋上に上っても、手首にナイフを突き立てても死ねない。
死ぬことに恐怖してはいなかったが、死ぬことができない。
足がすくみ、手が震える。
あとどれだけ踏み出せばいい?どれだけ深く刃を入れればいい?
何度試しても同じ結果。
中途半端に終わってしまう。
何度同じことを試したか、私の中で何かが壊れたように、自然と笑いが込み上げてくる。
笑いながら私の頬を涙が伝った。
それでも私は彼のことが好きだった。
死んだ今でもそれは変わらない。
死ぬことはできなかったけど、その代わりに私は手首の傷を増やしていった。
恋愛もせず、ただ仕事のノルマをこなすだけの日々が続いた。
いつしか、死ぬためのリストカットではなく、彼への想いを消さないためのものとなり日常と化していた。
何年か経ち、新たな出会いが訪れる。
会社で知り合った同年代の男性。
その男はすごく優しく私に接してくれた。
最初は誰のことも拒絶していた私も、徐々に彼に魅かれていった。
予感はしていたが、その時はとうとう訪れた。
「君のことが好き。付き合ってくれないかな?結婚を前提にお付き合いして下さい。」
その人は私の過去を知らない。
私の手首の傷も・・・
「少しだけ待ってください。」
付き合うのであれば、ちゃんと話をしたい。
だからその時はそう答えるしかなかった。
そして、私は彼のことを男に話した。
告白されて数日経った日のことだ。
私はすべてを打ち明けた。
数年前に付き合っていた彼がいたこと、その彼が事故で死んだこと、彼の死ぬ直前彼に対して抱いた殺意、今でも彼が好きだということ、彼の後を追って死のうとしたこと、手首を傷つけていること・・・
男から拒絶されるだろうと私は予想した。
それでいい。
私は幸せになれない。
もう、拒絶されることなんか怖くない。
彼への想いを抱いて、彼に対する罪を背負い続けて死ぬだけだから。
しかし、男からの返事は予想外のものだった。
「俺が幸せにするから、その人のこと忘れさせてあげるから。俺の気持ちは変わらないよ。」
「でも・・・」
「じゃあ、この前の返事はもう少し待つよ。けど、これからもデートとかしてくれるかな?気持ちの整理がついたときにまた返事をくれればいいから。」
すごくうれしい言葉だった。
あまりの優しい言葉に涙が溢れた。
それを見た男は、そっと私を抱きしめてくれた。
私はその男と一緒の時間を何度も過ごした。
告白の返事を急かすこともなく、1年ほど待ってくれた。
その間も私は彼のことを忘れることはできなかったが、手首に刃物を当てる頻度が少なくなっていった。
そして、そこからまた半年、告白されてから1年半ほどの月日が流れた。
私は、初めて男を呼び出し、話をしたいと告げた。
待ち合わせの約束をし、私はすぐに駅へ向かった。
歩いて駅に向かう途中、男への想いを再確認する。
あの人なら私のことを幸せにしてくれる。
こんな私のことを受け入れてくれた。
それが嬉しくて仕方がない。
そのためには過去を吹っ切らなければならない。
男の想いに答えるために、私が前進するためにしなければいけないこと。
彼のことを忘れる。
罪は償えないし、それを忘れることは許されないと思うが、彼への想いは忘れよう。
そんなことを考えながら横断歩道を渡る。
『私はあの人が好き。』
その瞬間、私の身体に何かが衝突した。
何が起こったのかわからず、ただただ意識が朦朧とする。
かすむ視界の中で見えるものは地面を流れる赤い血と、私の腕だった。
何度も傷つけたはずの手首。
傷は癒え、傷跡もきれいになっている。
これなら、あの人とちゃんと新しい人生を歩んでいけるかな?
そのまま私は目を閉じた。