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おはようございます、梅舟です
今日は、筆者が自宅療養中に振り返った自分のこだわりについて書いてみたい。
筆者は本当は文芸系の大学に進学するつもりでいた。
結果として、法律系へ進学し、一般就労したが、うまくいかなかった。
結局、仕事を辞めて、自宅で過ごすようになってしまった。
そんな時期にこれから述べる体験をしたのである。
そのことが自分でも気が付かない、意識しないうちに福祉系の大学や福祉の仕事、手相、傾聴等にこだわる要因になってたのかもしれない。
自分自身が障害者である、という理由もある。
しかし、筆者は福祉施設への入所体験あり、福祉の仕事をする人間が嫌いだった。
基本的に福祉の世界に踏み込むのは嫌だった。
しかし、今、改めて意識して考えると、ここで述べる出来事が福祉を学び、現在の職場にいる一因であると思う。
しかし、それは直接的に障害者であることを要因としない。
もちろん障害者に対する理不尽さや不利益はひとつの理由ではある。
しかし、障害を理由としない若い頃のある体験が深く関わっていることに今回、初めて気が付いたのである。
こちらの辛さや苦しさを全く聴いてもらえなかったと感じる出来事だった。
一方的に世間的に正しいとか、社会常識とかの理屈や理由を並べられて、
「お前はわかってない」と責められているような感覚だった。
自分の苦しさや辛さを受けとめてもらえなかった。
詳しい内容については、相手が学生時代の恩師のご家族であるために書かないが、その方は健常者で障害者関係の仕事をされていたのを記憶している。
その出来事の後は、その方やその方と関わりのあるところとは、距離をおいているし、お付き合いもない。
その後、何度かお誘いをいただいたが、気持ち的に避けていると思うし、できれば二度と会いたくない。
自分の苦しさや辛さ、悲しさ等を聴いてもらえなかった、共感してもらえなかった、受けとめてもらえなかった、
と自分は感じたのである。
正しいとか、間違ってるとかの前に筆者の気持ちを聴いて欲しかっただけなのである。
聴いてもらえなかったその時の怒りと悲しさ、悔しさ、言葉にもできない怒りにも似た複雑な感情が20年以上の時が過ぎても昨日のことのように忘れることができない。
今でも言葉にできない複雑な怒りの感情が無意識に止めどなく、活火山の噴火のように止まらなくなるのである。
聴いてもらえない、理解しようとする姿勢を示してもらえないほど悲しく、辛く、虚しいことはない。
相手を本当に理解することはできない、嘘だ、幻想だという捉え方もあるだろう。
ある意味では真理かもしれない。
しかし、他者に理解や共感を示したい、という姿勢で相手と向かい合うことはできる。
そういう態度で話しに耳を傾けてくれるだけで心は少しずつ整理されて、落ち着くものである。
実は今までこの出来事のことを無意識に忘れようとして、考えないように蓋をしてきた気がするのである。
今回のひとりでの長い隔離状態が振り返りの大きなきっかけだった。
「このまま父や祖父、祖母たちの側に旅立つことになったら、どうしよう」という恐怖と不安の中で様々なことを思い出した。
その中で最も鮮烈に強烈によみがえった記憶が上記の体験である。
そう考えると現在の仕事も環境や趣味も人生の選択もこだわりなどについても自分で納得ができてしまうのである。
不思議なもので自分でも気が付かないうちにこだわっていたのである。
今回、発熱して、うなされて、恐怖の中で思い出した出来事だった。
50年余りの人生の中で一番、嫌な出来事だった気がする。
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