リッキーが逝ってしまって11日が経ちました。
今朝、身重の長女と孫をJR札幌駅まで送ってきて、
がらんとした家へ戻ると(ダンナはちゃんといるんですけどね![]()
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)、
本物の寂しさがどっと襲ってきたとともに、
やっとこさ、ゆっくりとリッキーの思い出に浸る時間ができたというか……。
あの日のことはどうしても書き留めておきたいと思いました。
その前に――
私が本当にリッキーってすごいな!と思ったのは、
彼があの世へ旅立った、まるで計ったようなタイミングです。
そもそもリッキーを我が家へ迎えることになったのは、
長女が中2、次女が小6のとき。
いまは死語?といういわゆる「お座敷犬」を飼う予定は
私の中には全くなかったのだけど、
(犬と言えば、外の犬小屋で飼うものと思ってた世代ですから)
その数年前にハムスターを姉妹でちゃんと看取って、
命の大切さを知ったことを見ていたので、
ペットショップでリッキーに出会ったとき、
「お願い!
クリスマスプレゼントも誕生日プレゼントもいらないから~!」とねだる姉妹に
いやとは言えず、ダンナと私はリッキーを家族にすることを決めたのでした。
月日が経ち、やがて2人とも嫁ぎ、
次女は東京に暮らしはじめ、
長女一家は北海道の反対端に転勤してしまったとき、
高齢のリッキーを見守るにつけ、
ついつい彼が逝ってしまう日のことをイメージしてしまう自分がいました。
私一人で看取ることになるのかな……?
最悪、留守中に一人で逝かせてしまうなんてこともあるかも……と、
その日が訪れるのを恐れていました。
ところが、
次女のほうは当初の予定どおり2年の東京生活を終え、
去年いっぱいで札幌へ転職、移転する予定の旦那さんを一人東京に置いて、
9月に早々と札幌に戻ってまいりました。
ダンナさんには申し訳ないけど、
帰省を急いだのは高齢のリッキーとなるべく長い間いっしょにいたかったからです。
子供のころからリッキーの兄弟的存在だった次女は、
その後3か月のあいだに姉の転勤先へドライブしたり、温泉へ行ったり、
リッキーと濃密な時間を過ごすことができました。
最初にリッキ―の異変に気付いて病院へ連れていったのも彼女だし、
リッキーが倒れる前日の元旦、
元気だった彼をシャンプーしたのも次女でした。
そして、長女です。
長女は小さいころから犬猫など動物全般が苦手だったけれど、
ペットショップへ通ううちにかわいい子犬たちに魅せられていった口でした。
だから、リッキーに対しては甘いお祖母ちゃん存在(笑)
2人目を妊娠中ということもあり、
リッキーが小腸のガンか悪性リンパ腫と分かったあと、
車で4、5時間かかる町にいる長女はリッキーの最期には
関われないだろうと思ってました。
ところが、12月中異様なほど元気だったリッキーが力尽きて倒れたのは、
長女が帰省して1時間後。
もともと〇太郎のプレ幼稚園が始まるまで実家でゆっくりしていく予定だったので、
リッキーの最期の9日間をぴったり一緒に過ごすことができたのです。
また、次女に関しては、
正月明けに東京から転居してきたダンナさんと旅行するために
仕事の休暇を取っていたのでありました。
じつのとこ、雪道初体験の旦那さんと函館方面へドライブするというので
内心、心配だったのです。
リッキーは私のそんな心配をくみ取ったかのように、
次女に「危ないから行くな!」とでもいうように、
その時期を選んだようにも思えてしまいます。
当然、ドライブ旅行のための休暇はまるまるリッキーの看病のためとなりました。
しかも、天国へ逝ったのは休暇が明ける2日前。
まるで次女の休暇の残りを計算に入れたかのように。
おかげさまで家族全員でお骨を拾う事ができました。
亡くなったのは悲しいけれど、
昔の家族4人が集合しているときを選んでくれたのは
偶然とはいえ、リッキー、最後のグッジョブ!だったと。
子犬のころのように「よーしよしよし!」と
頭を撫でてやりたいです![]()
正月明け、独り暮らしの私の母親が帰っていくとき、
「リッキーは幸せだね~。みんなに看取ってもらえて……
私もこんなふうに死にたいよ」と言ってたのが印象的でした。
――今日はこの辺で。
長々と読んでくださった方ありがとうございます。




