宮城県大崎市の岩出山にあります『旧有備館』に出かけてきました。
『有備館』は、江戸時代に岩出山伊達家10代目、伊達那直の頃にOPENした郷学(学問所)です。
入場料300円と、大きな池がありまして、鯉のえさ100円を買い求めての入場。
かやぶき屋根の平屋で隅々まで和の粋な気遣いがある建物。もともとは、岩出山伊達家2代目宗敏公の隠居所に使われた下屋敷。
宗敏公は政宗公の居城が岩出山にあったころ、京都の聚楽第で生まれた政宗公の4男です(幼名愛松丸)。仙台城普請はすでに始まっていたころで、宗敏公(当時愛松丸)は2歳で岩出山城を授かっています。
ふすまや鴨居の飾り、あちらこちらに伊達の紋があしらわれています。開け放たれた障子から、大きな池と見事な庭園が見渡せます。畳の上で友人としばしうっとりと座り込みました。
早朝の朝露をいただく時間も
宵の蛙の声も
夜中に見上げる月も
春の桜も
夏の青葉も
秋の燃える紅葉も
すべてを隠す氷と雪も
どの季節を巡ってもどの時間にでも飽きずに見られるお庭だろうと、こんなところに住まうことができたなら・・・と、ため息。
お庭の整備は4代目村泰公の頃に整備されたようです。
その割にあまり素敵な写真が残っていません。だって、素敵過ぎて写真どころじゃなかったw
『対影楼』と呼ばれる建物の中は残念ながら撮影禁止。
今回展示になった伊達政宗公の御手紙6点(書簡5点と黒印状1点)は、中森髙さんという方から寄贈されたコレクションだとか。
謀反を起こした鮎貝氏を成敗したことを伝える手紙。
上司を接待した翌日、飲み過ぎで会いに行けない旨を伝える手紙。お茶しない?っていう気楽な手紙。次男忠宗公への手紙。ななどなど、筆まめが本当だったんだなと感じる手紙ばかり。
花押(手紙の最後に記すサイン)の移り変わりも展示されていて、楽しく拝見しました。
秀吉公に政宗公が一揆を誘導した手紙が抑えられ、謀反が疑われての弁明をした『セキレイの目』事件の頃の花王を見てニヤニヤ。
なにせ真黒クロの黒もクロ。実際謀反を企てていたのの弁明をするんですから。自分はこのような罠に落とされることを警戒して、本物の花押にはセキレイの目に針の穴を通しておく。証拠で押さえられた手紙の花押「セキレイ」に針穴の目はありやなしや。とね。穴がなければ偽物である。と言い張りますがもちろん最初から穴なんかあけていないわけで。
ふふふ。よく助かりましたねえ。
秀吉公は馬鹿じゃないんだから、この勧進帳な政宗公の度胸をかって、「やや、アナがないぞ。これは偽物に相違ない」と話に乗っかって許してくれたのだ。なんせ政宗公の手紙なんか手元に別のがあるんだから、嘘なんかばれっばれなんだもの。殺すには惜しい男と思ったのでしょうね。けど、この勧進帳がなければ、秀吉公だって家臣の手前何もなく政宗公を許すことはできなかったはずですから、やはり政宗公の開き直りに拍手です。
さて、お話をもどしまして
有備館は東日本大震災で柱が折れ、屋根がだけがそのまま地面に落ちたような姿に倒壊してしまいました。柱の一本一本、ふすまや土壁などなど職人さんたちの奮闘で今の姿を取り戻しています。復旧の様子を動画で見ることができますのでぜひ。職人さんの手ってすごいなと感動しますです。
有備館の大きな池には大きな鯉がたくさんおりまして、餌をあげることができます。これがまたちょっと思いがけない後景ですので、できれば実際にあげに行ってください(笑)
餌を求めて肺呼吸が始まりそうなほど鯉が上に上がっています。
もうちょっとで進化しそうw
黒い鯉がほとんどなので、白と朱の2匹、目立ってました。
さて、有備館も堪能。
またお散歩に戻ります。次は有備館駅に寄り道。
しからば、ごめん!
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