伊達騒動のメインのお話が終わりました。

ですがまだ続きます。

 

3代目藩主の早すぎる隠居。

伊達家家中の混乱。

後見人である一関の大伯父様の失脚と一関藩改易。

 

ひっそりと何かを学んでいく幼い4代目藩主の綱村公。

 

アホい大人を見るにつけ、もうやっぱ家柄ばっかじゃダメなり。

これからはデキる人をヤレる場所に置かなきゃダメなり。

信用できない人は、傍におけないなり~。

 

ってことで

 

ストイックな子に育っていきます。

また、自分の好きな側近ばっかを重要ポジションに置くもんだから、これまでの家臣団や伊達一門はヘソを曲げます。

 

なんか、やってらんないんですけどお。

自分たちもぉ、これまでそれなりにやってきたんですけどぉ

 

ってなもんで、綱村公隠居願いを幕府に出す運びに。

父である綱宗公に続き、リコールのピンチです。

 

伊達家の親族である高田藩(今の新潟県あたり。かつては上杉謙信公の領地で、五郎八姫の旦那さん松平忠輝公が藩主なこともあったよ。クビになったけど。)の稲葉正住さんがこれにストップをかけてくれます。

 

綱村公が何か悪いことしたかったら、まあないよ。

防風林こさえたり、運河の整備したり、日光東照宮の修復をしたり。学者さんたちを多く招いて仙台藩史つくらせたり。

仙台藩中興の名君として、讃えられることをしていますが

 

これが仙台藩の財政を追い詰める結果に。

 

ほどほどに!殿、ほどほどに!!

 

と、家臣からはストップがかかりますが

 

「え?でも、やらないとだから。」

 

とばかりにコツコツ仕事しちゃう綱村公。

家臣からは何度もやめろやめろの嵐。綱村公も

 

「なんかごめん」

 

と謝罪状書いてしのいでいたりしたけれど、結局このいざこざが幕府の耳に入って、仙台藩改易のピンチとなります。

 

いち早くこの情報を知った、くだんの高田藩主さんが

 

「もうやばい。これ以上いけない。」

 

と知らせてくれたので、綱宗公は隠居覚悟となるのでした。

実子がいなかったので、5代目藩主は従兄の吉村公に継がれます。

 

この4代目藩主綱村公の隠居をもって、伊達騒動はやっと決着となるのでした。

 

けっきょく、政宗公の十男である一関藩主宗勝に、綱宗・綱村公が親子2代で迷惑を被るお話なんだわね。

 

補足としてもう少し続きます。

 

しからば、ごめん!

 

 

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