伊達騒動トーク、まだ継続中でございます。
江戸時代の3大お家騒動と言われた仙台藩の『伊達騒動』は
三代目藩主伊達綱宗公の引退
寛文事件
四代目藩主伊達綱村公の引退
の三段構成で、ひたすら一関の伯父様、伊達宗勝に迷惑をこうむる話だっちゅうね。
寛文事件では刃傷沙汰をおこす原田甲斐を、実は身を呈して藩を守ったヒーローとして扱った『樅の木は残った』っていう大河ドラマがありました。(山本周五郎さんの小説)
はたして、奉行原田甲斐は真にヒーローだったのか
たんなる無能のビビりマンだったのか。さて・・・
で、歴史スキーな方は、たいていここでどちらが史実だとかギャンギャンやるわけです。実はそれが苦手。私としては・・・
『どっちも採用!イイネ!』
であります。あ、いいかげんって思った?そうよねー。そうなのよねー。
けど、それが持論だから仕方ないわー。歴史家じゃないしねえ。ロマンさえありゃどっちもアリで良いのよ。
だいたい、自分が生きている今ですら、隣のお宅の昨日の晩御飯さえ分からないってのに。何百年も前のこととなったら正しいも正しくないもにゃ。言ったってしゃーないべな。と思う。
記録が!証拠が!ってなるんだろうけど
証拠や記録が残すのは「事実」に近いものがせいぜい。「真実」や「実態」は当事者の胸の内のみよ。
生涯を離縁せず寄り添った夫婦だからといって、確執がなかったかとか、よそにこっそり愛人がいなかったかとか、奥様にすごい贈り物をしつづけたって事実があったって、プレゼント魔だっただけで愛情からくる出来事だったかどうかは判断つかないし。
愛しい人との睦言さえ、本心と優しさと駆け引きとマナーが潜むのに。真実・事実・実態の曖昧さよ。
なんて
歴史好きな方に叱られちゃうわねー。
いやいや私も好きなのよ?けど、あっちが正しい、こっちが正しいよりは、「ロマンが正義」なんだわ。てへ。
ああ迷走。
前ふりが長くなりましたが、お話を戻して『伊達騒動』ですが
江戸っ子の間にも、「てえへんだ、てえへんだ!」ってんで広まって噂話になっちゃった『伊達騒動』。これがまた・・・
スポーツ新聞や女性誌のごとく、スキャンダルを芝居や歌舞伎で扱っていた時代ですから、演出された舞台での出来事が、現実の世界のこととして噂され、事実をまことしやかに塗り替えていくわけです。
『仙台藩の三代目の殿さまは、酒だ女だと遊び歩いて、ついに吉原の高尾太夫を買い取って、あげく振られて惨殺したってよ!ひでえ殿さまじゃねえか!』
人の口に戸は立ちませんから、あっというまに三代目は実態を無視して稀代の悪者に。本人が違うったって、打ち消しようがありませんから、広まりきった噂の中ではそちらがもはや真実。どうもこうもなりませんわね。
さて
そんな風に三代目を悪者にしちゃった芝居の中の伊達騒動。
今度はそちらを取り上げてみます。
実は関心の高かった伊達騒動は、歌舞伎・狂言・浄瑠璃と、あれこれ多く演じられていて、時代で内容が変わったり、派生した物語も多くって追いきれません。ので~、私が好き!ということで、現在でも上演されている歌舞伎『伽羅先代萩』を取り上げます。
『伽羅先代萩』
【花水橋】【(竹の間)(御殿)(床下)】【(対決)(刃傷)】
の場面構成。(この構成も明治以降)
時代と人物は、鎌倉時代と架空の人物に¥に置き換えられています。仙台とおおっぴらには言えない庶民の心意気で「先代」萩。
子どものころには「きゃらせんだいはぎ」って読んでいたけど、正しくは「めいぼくせんだいはぎ」
ちょっと長くなりましたね。
内容については次回に続くとしましょうか。
しからば、ごめん!
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