「真理とは何か」
聖書自体が真理であることを否定はしません。しかし、宗教団体が、その聖書をどう捉え、どう適用し、どう解釈するか、それには「真理」とはかけ離れた「言葉遊び」が必ず入りこむのです。
他の宗教は知りませんが、エホバの証人の言葉遊びはそりゃ酷い。
エホバの証人の教理、解釈は言葉遊びの最たるものと言えます。
どのようにしてそうするかというと、まず聖書全体に対する確信を持たせ、それから聖書の教えに対する自分たちの「解釈」をまるで聖書そのものに書いてあるかのように説明し、それを「真理」だと言うのです。「あくまで解釈です」とは言わないのです。
例を挙げましょう。
「終わりの日のしるし」が今の世界に成就しているとし、やはり聖書の言葉は「真理」だと説明します。そして、これから起こる事として、「平和だ安全だ」の宣言、「大いなるバビロンの滅び」、「マゴグのゴグの攻撃」など、いろんな聖句から引っ張ってきたインパクトワードを「解釈し」、それも「真理だ」と諭すのです。
まるで「配当金(投資)詐欺」のようなものです。最初、配当金が入ったので、そのあとも約束通り配当金が入ると思い、更に追加で名ばかりの投資に金を入れるアホな人のようです。最初の配当金も次の詐欺の犠牲者から巻き上げたお金を支払われたのに過ぎないのに。
既に起きているとされる終わりの日しるしは、「確かに起きている」と感じ、あとの予言的な「解釈」は「希望的観測」に過ぎないのに、すべて本当に起こると信じてしまうのです。
でもその言葉遊びの解釈が「成就」する訳もないのです。
また実際には、「終わりの日のしるし」についても現代だけでなく、いつの時代にも起こっていた問題ばかりなんですけど。
加えて「終わりの日のしるし」について語ったイエスも1世紀に関する話をしてるわけで…
JWが勝手に現代に適用し(飛び級)、言葉遊びをしているのだ。
聖書には比喩、象徴、例え話が沢山出て来ます。どの聖句を比喩か象徴か例えなのか、実際の出来事なのか、文字通りの数字なのかは、それぞれの解釈です。
でもエホバの証人の出版物は聖書は信頼でき、私達は神の組織だから、私達の解釈は「真理」だと述べるのです。
もちろん後からコロコロ変えますけどね。
それが言葉遊び宗教の実体です。
「真理」とは真実であり、故に不変です。
しかしJWは「漸進的な理解」というフィルターによって言葉遊びをするのです。
それを肯定するために、イエスが述べた「言うべきことがたくさんありますが、あなた方は今は耐えることが出来ません」という言葉を引き合いに出します。
いやいや、イエスはすべての事柄を一度には話しませんでしたが、ご自身が話されたことを訂正したりしませんでしたよ?
それはイエスが語られた言葉すべてが「真理」だったからです。
一方エホバの証人は頻繁に「真理」を「改訂」もしくは「更新」します。なぜですか、「真理」ではないからです。
エホバの証人が聖書を独自に解釈をするのは自由です。信者がそれを信じるのも自由です。
でもあなた達の不安定な教理を「真理」と呼ぶのはやめて下さい。
あなた達の言葉遊びに「真理」を使うのをやめて下さい。
いつでも「愛してる」と軽々しく使う奴のせいで「愛してる」が薄っぺらく感じるように、
このクソ組織のせいで「真理」という言葉を聞くだけでヘドが出そうになるのです。
もう一つ例を出します。2020年の研究28
ここの9節に「聖書には基本的な3つの教えつまり真理が書かれていると。①エホバがすべての創造者である②聖書が神からのメッセージである③神はキリストに従うグループを持っていて、それがエホバの証人である」と書かれています。
聖書に「エホバが地上の組織であるエホバの証人を持たれて」いると書かれているだあ?
ふ・ざ・け・る・な
聖書のどこにエホバの証人について書いてあんだよ?
それを言うなら、「私達エホバの証人は聖書の原則を忠実に守り、神から導かれ、祝福されていると確信できるので、神の地上の唯一の組織に違いない」と言う位なら百歩譲って、「ああ、そうですか」ですが、
自分達エホバの証人の存在が、聖書の基本的な3大の教えの1つだと断言しているのです。
やばいと思いませんか?
これが言葉遊びが得意なカルト教団のやり方です。
あなた達が信じているものは、
「しんり」(真理)とは真逆ですな。
まさに
霊的「りんし」(臨死)ですな。
聖書自体が真理であることを否定はしません。しかし、宗教団体が、その聖書をどう捉え、どう適用し、どう解釈するか、それには「真理」とはかけ離れた「言葉遊び」が必ず入りこむのです。
他の宗教は知りませんが、エホバの証人の言葉遊びはそりゃ酷い。
エホバの証人の教理、解釈は言葉遊びの最たるものと言えます。
どのようにしてそうするかというと、まず聖書全体に対する確信を持たせ、それから聖書の教えに対する自分たちの「解釈」をまるで聖書そのものに書いてあるかのように説明し、それを「真理」だと言うのです。「あくまで解釈です」とは言わないのです。
例を挙げましょう。
「終わりの日のしるし」が今の世界に成就しているとし、やはり聖書の言葉は「真理」だと説明します。そして、これから起こる事として、「平和だ安全だ」の宣言、「大いなるバビロンの滅び」、「マゴグのゴグの攻撃」など、いろんな聖句から引っ張ってきたインパクトワードを「解釈し」、それも「真理だ」と諭すのです。
まるで「配当金(投資)詐欺」のようなものです。最初、配当金が入ったので、そのあとも約束通り配当金が入ると思い、更に追加で名ばかりの投資に金を入れるアホな人のようです。最初の配当金も次の詐欺の犠牲者から巻き上げたお金を支払われたのに過ぎないのに。
既に起きているとされる終わりの日しるしは、「確かに起きている」と感じ、あとの予言的な「解釈」は「希望的観測」に過ぎないのに、すべて本当に起こると信じてしまうのです。
でもその言葉遊びの解釈が「成就」する訳もないのです。
また実際には、「終わりの日のしるし」についても現代だけでなく、いつの時代にも起こっていた問題ばかりなんですけど。
加えて「終わりの日のしるし」について語ったイエスも1世紀に関する話をしてるわけで…
JWが勝手に現代に適用し(飛び級)、言葉遊びをしているのだ。
聖書には比喩、象徴、例え話が沢山出て来ます。どの聖句を比喩か象徴か例えなのか、実際の出来事なのか、文字通りの数字なのかは、それぞれの解釈です。
でもエホバの証人の出版物は聖書は信頼でき、私達は神の組織だから、私達の解釈は「真理」だと述べるのです。
もちろん後からコロコロ変えますけどね。
それが言葉遊び宗教の実体です。
「真理」とは真実であり、故に不変です。
しかしJWは「漸進的な理解」というフィルターによって言葉遊びをするのです。
それを肯定するために、イエスが述べた「言うべきことがたくさんありますが、あなた方は今は耐えることが出来ません」という言葉を引き合いに出します。
いやいや、イエスはすべての事柄を一度には話しませんでしたが、ご自身が話されたことを訂正したりしませんでしたよ?
それはイエスが語られた言葉すべてが「真理」だったからです。
一方エホバの証人は頻繁に「真理」を「改訂」もしくは「更新」します。なぜですか、「真理」ではないからです。
エホバの証人が聖書を独自に解釈をするのは自由です。信者がそれを信じるのも自由です。
でもあなた達の不安定な教理を「真理」と呼ぶのはやめて下さい。
あなた達の言葉遊びに「真理」を使うのをやめて下さい。
いつでも「愛してる」と軽々しく使う奴のせいで「愛してる」が薄っぺらく感じるように、
このクソ組織のせいで「真理」という言葉を聞くだけでヘドが出そうになるのです。
もう一つ例を出します。2020年の研究28
ここの9節に「聖書には基本的な3つの教えつまり真理が書かれていると。①エホバがすべての創造者である②聖書が神からのメッセージである③神はキリストに従うグループを持っていて、それがエホバの証人である」と書かれています。
聖書に「エホバが地上の組織であるエホバの証人を持たれて」いると書かれているだあ?
ふ・ざ・け・る・な
聖書のどこにエホバの証人について書いてあんだよ?
それを言うなら、「私達エホバの証人は聖書の原則を忠実に守り、神から導かれ、祝福されていると確信できるので、神の地上の唯一の組織に違いない」と言う位なら百歩譲って、「ああ、そうですか」ですが、
自分達エホバの証人の存在が、聖書の基本的な3大の教えの1つだと断言しているのです。
やばいと思いませんか?
これが言葉遊びが得意なカルト教団のやり方です。
あなた達が信じているものは、
「しんり」(真理)とは真逆ですな。
まさに
霊的「りんし」(臨死)ですな。