JWは偶然の出来事を神の業、神の祝福であると主張します。「あなたもそのような経験一度はありませんか?」なんて言われると、「そういえば、確かに私にもそんなことあった」なんて、まんまと引っ掛かるのです。
珍しい事かもしれませんが、確率的にあり得ないことではないのです。
今にも死のうとしている人の所に偶然エホバの証人が訪問したり、
今日食べる物が底をついて、困り果てている兄弟姉妹の家のドアノブに買い物袋が掛かっていたり、
医者からは輸血なしで手術が成功する可能性は非常に少ないと言われていても、無輸血で成功したり、
ある出来事で非常に悩んでたりした時に、集会に参加したら、丁度よい内容のプログラムが扱われたり、
聖書朗読をしようと開いたら、自分に対する戒めのような聖句が目に入ったり。
確率的には珍しい出来事かもしれませんが、現実的には有り得ることなんです。

神の業というならば、人間ではあり得ないことをして頂かねば困ります。
例えば交通事故による死、病気による若者の死、暴漢に殺されたり、自殺など、こうした悲しい出来事は熱心なエホバの証人にはほとんど起こらないというなら、確かにJWが唯一の真の宗教で神に護られていることを信じましょう。

でもいつも「神は現代において奇跡を行われない」とか、誰にでも「時と予見しえない出来事が起こる」(昔の翻訳)など、ご都合聖句を引っ張ってきて、神に護られているという設定のJWが不幸な目に遭っても言い訳できるようにしてますよね。

だったら、いらねえよ。そんな宗教団体なんて。

自称真の宗教に入って一生懸命活動してるのに、病気で死ぬし、事故でも死ぬし、殺されたりすることもあるし。しかも奉仕中に。
自称真の宗教に入って、宗教活動の為にギリギリの生活までしてきたのに、それ故に精神病になる人多いし、超貧乏で貯金も年金もないから生活保護になって惨めな思いをする人も少なくないし。逆に生活保護が神からの祝福、神の保護の表れだというイカれたことを言う輩もいるし。

自称真の宗教なのに、会衆内では嫉妬、陰口、仲たがい、無視、軽蔑的な態度、相互監視なんてザラだし。愛がしるしの真の組織だってさ。聞いて呆れるよ。


現役の私の長年の経験からはっきり言わせて頂きます。 
エホバに祈っても、祈らなくても、何も変わりません。
エホバに信仰があっても、なくても、何も変わりません。
エホバに頼っても、頼らなくても、何も変わりません。

私は両方試しました。間違いありません。何も変わりません。

聖書のアドバイスを当てはめれば、人間性が向上したり、日常生活が比較的順調にいくとの考えを否定はしません。

ある人は、つつがなく日々の生活が
送れるだけで、神のお陰だと考え、感謝します。
もちろん、それはなんら悪いことではありません。

ただ、事実としてエホバ神に頼り、祈り、信じても、あるいはそうしなくても、結果は何も変わらないのです。

いえ、変わるものが1つありました。
「気持ち」だけです。

宗教活動により得られるのは、神に護られているという「安心感」だけなのです。

実際は誰からも護られていないので、自分で注意深くあることによって自分と家族を守っているだけなのですが。

あなたの宗教のコスパ(費用対効果)はどうですか?

コの際、スパっと切り捨てませんか?