ポスト・ツイッターは、ブログ?! | まとまりのないブログ

ポスト・ツイッターは、ブログ?!

この一年は、すっかり Twitter の手軽さからブログを書かなくなった。PCに向かっている時間がドンドン減ったことで、尚更、PCとにらめっこしながらブログ書くということから縁遠くなってしまった気が・・・。


完全に、仕事上の作業(住所ラベルを発行する、とか、決済手続きをする、とか)以外の、プライベートなコミュニケーションは、iPhoneのフリック入力で事足りてしまうし。


ただ、ここにきて苦労して書いた自分の意見がアメブロだけでなく、googleのストレージにまで残ってしまうリスクを背負いながらブログを書くことは、苦行のようだけれども功徳は思いの外大きいんじゃないかと思いなおすようになった。


ポスト・ツイッターは、ブログ?!


なのかなーとも。



世の中に対してのメッセージの大切さを思う。組織の人だったら、組織内外のステークホルダーへの意思表明にもなるし、単純に個人のキャラ作り(セルフ・マーケティング?)とか、人の立ち位置によってメッセージの意味合いは色々あるだろうけれど、メッセージを発信しないということは、


メッセージを発信しない = 何を考えているか分からない = 何にも考えていない


と受け止められてしまいかねない。何にも考えていない、というのは、究極のバカ扱いされるという意味だ。


実際に何にも考えていない人間なんてそうそういる訳はなく(笑)、これは極めて短絡的な想像力のない人間の受け止め方だけれど、人間の感情というのは結構、短絡的に結論を導きやすいものだから、そういうものだと諦めるのが賢明な気がする。


(人間が結構、短絡的だってことについては、ロバート・B・チャルディーニ著『影響力の武器』の冒頭で「カチッ・サー」と表現されているね。)



ツイッターでの「芸風」とも揶揄(称賛?)されるようなゆるゆるなツイートと、

仲間内に発信する近況報告的なFacebookと、

たまに立ち止まって考えをまとめる機会としてのブログと、



使い分けながら、ブログも再開していきたいと思います。



(やるとなると毎日更新せねば!メラメラと肩に力入りがちあせる。抑えて、抑えて)



影響力の武器[第二版]―なぜ、人は動かされるのか/ロバート・B・チャルディーニ
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