—— 第2話 ——
恐怖の「ワレモノ注意」ラッシュと一本足の舞
二日目。昨日あれだけ気合を入れて作業に臨んだにもかかわらず、朝起きると太ももと二の腕が軋むような悲鳴を上げていた。学生時代にスポーツを謳歌してきたこの肉体をもってしても、巨大要塞の洗礼は確実にダメージを刻み込んでいる。だが、這ってでも職場に向かうのがプロ・アルバイターの矜持である。
今日の俺の任務は、第五レーンのベルトコンベアに商品を「流す」ことだった。昨日とは逆の工程だ。流れてくるものを捌くのもキツいが、流す側なら自分のペースでやれる。そう高を括っていた俺の目の前に、フォークリフトがうず高く積まれたカゴ車をドンッと置いて去っていった。
「……嘘だろ」
カゴ車の中には、禍々しい赤いシールが一面に貼られた大量の段ボール箱が鎮座していた。
——これでもかというほど貼られた警告シールの数々。箱の形状と重さから推測するに、中身は間違いなく「壺」だ。しかもただの壺ではない、何やら呪術的なオーラすら感じる謎の壺である。
「これを、ベルトコンベアに流せと……?」
コンベアは無情にも一定の速度で動き続けている。ここに、このデリケート極まりない壺を連続で乗せていかなければならない。少しでも衝撃を与えれば、箱の中で「パリーン」という破滅の音が響くことだろう。ITスキルを駆使してアームロボットにでもやらせたいところだが、俺にあるのは己の肉体のみ。やるしかない。
◆◆◆
俺は覚悟を決め、最初の箱に手を伸ばした。
重い。そして、重心が偏っている。適当に持ち上げれば確実に底が抜けるか、手から滑り落ちる。
俺は一瞬にして最適なフォームを計算し、実践した。まず、箱の対角線を両手でしっかりとホールドする。そのまま持ち上げようとすると腰への負担と落下の危険があるため、グッと深く膝を曲げる。そして、コンベアの高さへ持ち上げると同時に——
片足をスッと上げ、一時的に『一本足』で立つ!
片足でバランスをとることで、腕と上半身の余計な力みが抜け、極めて繊細な力のコントロールが可能になるのだ。そのまま全身のバネと一本足の絶妙な均衡を保ちつつ、動くコンベアの上へ、まるで赤子をベッドに寝かせるかのように、そっと……箱を置く。
「……ふぅ」
無事に一つ流せた。しかし、安堵している暇はない。カゴ車にはまだ百個以上の壺が控えているのだ。ここからが時間との勝負である。
「次っ!」
対角線ホールド! 膝曲げ! 一本足! そしてリリース!
対角線ホールド! 膝曲げ! 一本足! そぉい!
客観的に見れば、巨大なベルトコンベアの前でひたすら謎の舞を踊り続ける奇妙な男である。フラミンゴか、はたまた未知の豊穣の儀式か。周囲の作業員たちがチラチラとこちらを見て怪訝な顔をしているが、気にしてはいられない。ここで気を抜けば、謎の壺が粉砕され、俺のプロ・アルバイターとしての経歴に傷がつくのだ。
極度の緊張感と、一本足立ちの連続により、俺の体力は通常の何倍ものスピードで削られていった。筋肉だけでなく、繊細なバランスを保つための神経細胞までもが焼き切れそうだ。
「今日も一日、安全作業で、ゼロ災で行こう……ヨシ!」
昨日の朝礼の言葉を呪文のようにぶつぶつと唱えながら、俺はひたすらフラミンゴの舞を続けた。
◆◆◆
数時間後、最後の壺をコンベアに流し終えた時、俺は生まれたての小鹿のように両膝をガクガクと震わせていた。
これが、巨大物流倉庫の真の恐ろしさ。
明日からは、さらなる地獄が待っているに違いない。俺は震える足を引きずりながら、フラフラと休憩所へ向かった。


