「神が私たち人間を創られたのは
無条件の愛の共同創造をするため」
「これは私が言ってるんじゃなくて
神が伝えてるんだけど…入信されますか?」
その一言の衝撃は大きく、心臓が跳ねた。
思考が止まり、胸はバクバクと高鳴る。
まっすぐに見つめる幸粋さんの視線にたじろぎ、体と顔が熱くなり、変な汗が滲む。
居心地のいいはずの我が家が、急に居づらくなり、この場を離れたくなった。
幸粋さんが神と仕事をしていることは
ブログでなんとなく知っていた。
けれど、それは自分には関係ないことだと思っていた。
私の願いは、恋愛をうまくいかせて結婚し、変わらない愛を見つけること
――ただそれだけだった。
宗教に対する私の中のイメージは
決して良くなかった。
子供の頃に起きたある宗教団体の事件。
詳しくは知らなくても、多くの人が巻き込まれ、命を落としたニュースは覚えている。
「洗脳される」「お金を奪われる」
そんな言葉とセットで刷り込まれていた。
それでも、日本人の多くは葬式を仏教で行い
結婚式はチャペルで挙げ
お正月には神社で神様にお願いをする。
私もそれを【当たり前】だと思っていた。
神様は“なんとなく”いる気がする。
でも、信仰やそこに所属したり活動するイメージはまったくなかった。
だからこそ
母への怒りや罪悪感の感情が消えるという
【奇跡】を体験しても
既存の宗教に対する恐れのほうが勝った。
「…すみません。
今は無理です。すぐには決められません」
葛藤の末、やっと絞り出した言葉だった。
幸粋さんは、怒るでも残念がるでもなく
淡々とこう言った。
「そっか。
ただね、神は観ているよ。
こう…御旗が立っている感じかな?」
不思議と、そこには恐怖心はなかった。
答えられなかった申し訳なさはあったが、それ以上になぜだか安心感があった。
こうしてセッションは終わった。
日常は、何事もなかったかのように戻ってくる。
朝起きて仕事に行き、クタクタになって帰る。
たまに友達と会い、勉強し、恋愛をする。
けれど、その繰り返しに意味はあるのか?
という問いが頭を離れなかった。
ある日、夕暮れの中運転をしながら考える。
この美しい夕日も、あの雲も
これを美しいと思う心も誰が創ったのだろう?
子供の頃から抱いてきた
「わたしは何のために
生きているんだろう?」
という答えのない疑問。
もし、その答えが
幸粋さんの言っていた
「神との無条件の愛の共同創造」
だとしたら?
宗教に対する怖さは消えない。
でも、その想いは日に日に強くなっていった。
ただ、今さら連絡してもいいのだろうか。
断られはしないだろうか。
そんなときだった。
幸粋さんと同じく神と仕事をしている
Sさんのブログの言葉が
ふいに目に飛び込んできた。
そこに写っていたSさんは
キラキラと輝いていて、とても美しかった。
「Deep Touchセッションのお知らせ」
というタイトルのブログをクリックした。
その瞬間、胸の奥で何かが動いた。
続く。
