久しぶりに独り言が書きたくて開いた

 

前回の更新が2016年で笑った

更に言うならプロフィールが高校生で笑った

年取ったんだな

 

でも中身が全然変われてなくて虚しい

クソ雑魚のままガワだけ大人になっていく

 

将来の夢とかって結局持てなかったけど

人生の目標って言ったらちょっと大袈裟だけど

そんなものはあって

 

死ぬときにね

いままで起こった全てに感謝して

幸せだったよありがとうって死にたいな

 

でもそれもなんだか消極的な意味で

“だからいま一所懸命生きる”

とかそういう意味じゃなくてね

 

多分それって関係ないと思うんだ

なにやったってやらなくたって

多かれ少なかれ未練とか後悔があって

 

でもそれも置いておいて

幸せに目を向けてありがとうって

思えるかが問題だと思ってて

 

それってすごく謙虚ってことなんだと思うし

折れない芯の強さなんだと思う

 

私はまだ弱くて強欲すぎて

すぐ折れて甘えて笑えるくらいの被害者ヅラ

人のせいにして組織のせいにして

社会のせいにして時代のせいにする

 

すぐ逃げる

だってだってだってって

認めて欲しくて必要とされたくて愛されたくて

 

そんなの求めちゃいけないのに

手に入れたってもっともっとって

どんどん汚くなっていくだけなのに

 

つよくなりたいね

たけのずっとつよくなりたかったよね

ごめんねまだできなくて

 

でも大丈夫だからね

たけのいまの自分のことはね

ちょっとまだすきになれないけど

 

あのとき辛くて悩んで踠いた自分のこと

結構すきだよ

 

えらかったね

ありがとね

 

感傷に浸ってしまった

やっぱり春は病んでる


久しぶりにブログを開いてみたら前回の投稿が4月でああ私はやっぱり春になるとメンヘラ感が出てくるんだなとわかった
見れないようにしてるけど高校時代に書いた記事なんかも残ってはいて見返すと恥ずかしさもあるけどあんまり変わっていないというか変われていないなと思う

ブログみたいな個人のサイトからSNSに変わって凄く生きづらくなった感じがする
多分mixiのときから言ってたんだけどいまみたいな気持ちの時は改めて思う
ブログって好きにせよ嫌いにせよ興味のある人のものしか見ないからそんなに気を使う必要はなかったんように思うんだけどSNSはなんかビクビクしてしまう
ただの日記帳ですら空気を読まなきゃいけなくなった
日記帳といいつつ誰かに見て欲しい聞いて欲しい気持ちがあるからインターネット上に投稿するんだろうけど見て欲しいってアピールしたいわけでもないというかそういう言い訳なのかもしれない

TLっていう空間をみんなで共有しているっていう意識が個人的には現実とそう変わらなくなった
言いたいことは好きに言ってる自己中な人間だと思われたいし実際にそうだけど自分の腹ん中のこと全部言ってるわけじゃない
ブログには腹ん中ぶちまけられるけどSNSには無理っていう感覚
だからBLは鍵垢でやれみたいな揉め事が起こるんだろうね
たくさんの人がひとつの場所を共有するためにはルールがいるもんね



結局わしが弱くて猫かぶってるのがいけない
なんか言いたいことは他にあるはずなんだけど上手いこと結論にたどり着けないからもう寝る