彼との会話の中で、
時々、どこか急いでいるような印象を受けることがありました。

それが透析によるものだったと知るのは、
もう少し後になってからのことです。



30年の透析生活。

私には、想像もつかない時間です。



ほとんど病院に行くことのない私。
時間をほぼ自由に使える私。

週に3回、透析のために病院へ通う彼。
自由に動ける時間が限られている彼。



私の中でも、
生きていく上で一番大事なのは「時間」だと思っています。

「一番貴重なのは時間」
「お金よりも、時間」

そんな話を、何気なくしていました。



でも、その言葉の意味は、
私と彼とでは少し違っていたのだと、あとから気づきます。



「1年が、10年が、めっちゃ早く感じるんです」
「ほんまに、あっちゅーま」



大阪で生まれ育った彼の、関西弁。

そのやわらかい響きの奥に、
どこか現実的な時間の感覚があるように感じました。



「老いることも、死ぬことも当たり前。
 なんなら、もうそんなに遠くない」



最初にこの言葉を聞いたとき、

正直なところ、
「年齢的に、そういうことを考えるよね」

そのくらいにしか受け取っていませんでした。



でも、今は少し違って聞こえます。



「仕事はリタイアしても、やること、やりたいことがいっぱい。
 自分にはドラムがあって、ほんまに良かったって思います。
 多分、やり切る前に時間切れやけど、後悔はしたくない」



仕事をリタイアして、
透析以外の時間は好きなことに使える。

長く働いてきた人が、
その後に好きなことを楽しむ。

それ自体は、特別なことではないのかもしれません。



でも、

「やり切る前に時間切れ」

という言葉が、心に残りました。



“やり切る”って、どこまでなんだろう。
“時間切れ”って、どこで区切られるんだろう。



会話の中で、そんな疑問が浮かびました。



透析を30年続けてきたということ。

その時間の重さや現実が、
言葉の端々に、静かに滲んでいたのだと思います。



最初に言ってくれたらいいのに、
そう思ったこともありました。

でも、それはきっと、
簡単に言えることではないのだとも思います。



透析というものが、
私にとっては想像もつかない世界だったこと。

そして、

その中で生きている人の、
時間や命に対する感覚が、少し違うのかもしれないということ。



言葉の奥にあるもの。

そこに、確かに何かがあると感じました。



人は、言葉だけで会話しているわけではない。

そんなことを、
なんとなく実感した気がしています。

 

 

 

by Red Beat