今は地方の病院で透析をしている彼ですが、
以前は在宅透析をしていたことがあるそうで、

今日はちょっと在宅透析のお話しです。

 

透析を家で出来るという事、

私はまったく知らなかったんですよね。



彼が在宅透析をしていた頃は結婚されていて、

奥さんと一緒に暮らしていたため、
自宅で透析を行うことができたそうです。

でも彼は、

もう在宅透析はやらない、

と言っています。

「人を巻き込みたくない」
「もう二度とやらない」

そう言っていたのが印象的でした。

在宅透析は、

自分一人では完結しません。

透析そのものは自分でできたとしても、
終わった後の止血やサポートなど、
どうしても誰かの力が必要になる。

その「誰か」に負担がかかるという現実があるのだと思います。

離婚後は一人暮らしになり、
在宅透析は難しくなったため、
今は病院で透析を受けています。

では、在宅透析の何がそんなに大変だったのか。

奥さんは何に苦労していたのかを聞いてみました。

彼の話では、
奥さんはとても真面目で、

責任感が強い人だったそうです。

腎臓の仕組みや腎不全の知識、
食事管理、

物品管理、

病院とのやり取り。

それらすべてを「きちんとやらなければ」と思い、
完璧にこなそうとしていたのではないか、と。

その負担は、

きっと想像以上だったのだと思います。

だからこそ彼は、
もう誰かに同じことをさせたくない、

と感じたのかもしれません。

そしてもうひとつ、

彼が話してくれたことがあります。

「病気のことは理解してほしいけど、病人扱いはされたくない」

透析をしているとはいえ、
見た目にはほとんど普通の人と変わらない。

 

外見は病人には見えない。

だからこそ、

過剰に気を遣われたり、
「病人」として扱われることに違和感があるのだと思います。

人として、

対等に接してほしい。

それはとても自然な気持ちだな、

と感じました。

在宅透析は、
ただ「家でできる透析」というだけではなく、
そこに関わる人の負担や関係性も含めて成り立っているもの。

 

その反面、

家にいて透析が出来るメリットはかなり大きいのではないかと思います。




今回は、

そんな在宅透析の一面についてのお話でした。

 

 

by.Red Beat