父親はコーヒーの湯気を見るとはなしに見ていた。
息子に半ば支えられるようにして飛び降りの現場から離れ、ハンバーガーショップに入ったものの食欲は全くなかった。
商品を買って二階にある客席に上がり、席に座った途端、息子はハンバーガーにかぶりついた。
あの惨劇を目の当たりにして食事ができる神経を、父親は恐れを通り越して呆れていた。
その視線に気付いたのか、息子は言った。
「…パパ? どうかしたの?」
「いや…別に…」
口ごもる父親に息子はニッコリ微笑みかける。
「大丈夫だよ、パパ。このままならきっと、なんとかなるから」
「なんとかって…?」
息子の言葉の真意を尋ねようと、父親が口を開いた途端、激しい物音が辺りを包んだ。
たちまち辺りが悲鳴に包まれる。
今度は何だと半ばウンザリしながら父親が物音の方を見てみると、大きな一枚ガラスが入っていたはずの窓を何本かの鉄パイプと数枚の鉄板がぶち破っていた。
「向かいの工事現場の足場が崩れたぞ!」
誰かが叫んだ。
先程まで窓際のカウンター席に並んで座っていた高校生の一団が、ゴミ箱の前でトレーを抱えたまま呆然と立ち尽くしている。
「あそこ、座らなくて良かったね」
ポテトをかじりながら息子が呟いた。
席に着こうとしたとき、父親が最初に座ろうとしたのはちょうど二席並んで空いていた窓際のカウンター席だった。
息子と向かい合うのが怖かったのだが、息子の方はさっさと店の奥のテーブル席に座ってしまったので仕方なくそちらに座っていたのだが。
見れば父親が座ろうとしていた椅子は足場の鉄板になぎ倒され、カウンターテーブルの上にはガラスの破片が散乱している。
あそこに座っていたら…。
そう思うと父親の血の気が引いた。
同時に「もうたくさんだ!」という、怒りにも憤りにも似た気持ちが沸き上がってきた。
思わず立ち上がると、出口に向かって走り出した。
(もう駄目だ! これ以上、あの子の側に居たら、死ぬ前に頭がおかしくなる!)
そう思いながら父親は狭い階段に向かう。
「パパ?! 待って! 僕から離れないで!」
背後から息子の悲痛な叫び声が聞こえたが、構わずに階段を下り始めた。
続く