ショーンとマリーの食卓にはティーカップが二つ。銀皿の上にスコーンが二つ。そしてティーポットは二つありました。
二人の紅茶の趣味は別々で、ショーンはセイロン、マリーはレディーグレイが大好きでした。二人は相手の飲んでいる紅茶が大嫌いでポットですらもきちんと分けて決して相手の茶葉に触れさせることがありませんでした。
二人はとても愛し合っていましたが紅茶のことになると喧嘩が絶えませんでした。棚を別々にして決して匂いさえもうつらないようにしているのですから、間違って茶葉が同じ棚に入っていようものなら大喧嘩です。
この国では朝から晩まで紅茶を飲む時間を作る習慣があり、たくさんの紅茶を飲みます。特に紅茶を飲んだあとは紅茶の匂いや味がするので、二人はキスさえも嫌がっていました。嫌いならほんの少しの香りでも許せなくなるものです。
喧嘩のあとは特に相手の茶葉の臭いがこびりつくようで、互いにとてもイライラしていました。夜一緒のベッドに入るときはついつい相手が直前に紅茶を飲んでしまったりなんてしたら、たちまち大喧嘩となりました。ムードも何も消し飛んでしまいます。
だんだんとそういうことの積み重ねが二人の気持ちを憂鬱にさせていきました。最近では会話すらもしません。それでも二人は愛し合っていたので、なんとかしようと思いました。相手の紅茶を好きになればいいのだと思いましたが、どうしてもダメで、ますますその紅茶が嫌いになるだけでした。別の種類の紅茶で合わせて飲むこともありましたが、どうしても大好きなものは飲みたくなるもので、隠れて飲むこともありました。それがとても苦痛でした。
(もう彼とは別れたほうがいいのかな…)
マリーの悩みは深刻でした。最近では相手の姿を見るだけでも憂鬱になりました。原因ははっきりしていても、努力してもどうしようもありません。
ある日マリーが憂鬱な気持ちで外を歩いていると、見慣れない紅茶屋がありました。
(あれ?こんなところに紅茶屋なんてあったかな?)
マリーは、きっと新しい店ができたのだと思い、中に入っていきました。中に入ると嗅いだこともないような、甘くいい香りがしてきました。香水とも何とも違う不思議な香りでした。みるくのような柔らかい匂いも混じっているような気がしました。
店には見たこともないような茶葉がたくさんありました。外国のものでしょうか、見慣れない茶器や置物もたくさん置いてあります。
奥へと進むと店員らしきおばあさんがいました。そのおばあさんは眼がとても澄んでいて気品のあるおばあさんでした。
「かわいいお嬢さん。いらっしゃい。おや、とても悲しそうな眼をしているね。喧嘩でもしたのかい?」
おばあさんは優しく微笑みかけてくれました。
「え?おばあさんどうしてわかったの?」
マリーはびっくりして聞き返しました。
「お若いお嬢さんは楽しいことがたくさんあるはずなのに、キラキラしている目がくすんでいたから心配になったのですよ」
マリーは今まで誰にも打ち明けられずにいたので、とても苦しい思いをしていました。その思いを聞いてもらおうとマリーは愛している人と紅茶の趣味が合わずにいつも喧嘩してしまうことをおばあさんに打ち明けました。
おばあさんはじっと頷きながら聞いてくれました。
「おうおう、そんなに辛い思いをしていたのだね。そんなお嬢さんにぴったりのものがあるのだよ」
おばあさんはマリーの目の前に包み紙に包まれた飴玉を二つ出してくれました。
「この雨を相手の口と自分の口に入れてキスをしてご覧。たちまち仲直りできるよ。これを仲直りの魔法だということを忘れずに言うんだよ」
「え、でもおばあさん…」
マリーは言いかけて言葉を飲み込みました。そんなことしても仲直りなんてできないと思いましたが、でも愛する人のために何か伝えたいと思ったマリーは、仲直りするために何かしたかったと思っていました。
「うん。ありがとう。おばあさん」
マリーは内心、キスでどうにかなるとは思わないけれど、少しでも嫌な気持ちを落とせたらと思いました。
マリーは恋人の待つ家に帰りました。なんとなく、重苦しい雰囲気がします。恋人も気が張っているのか、「おかえり」とも言ってくれません。マリーは声をかけることすら怖かったのですが、勇気を持って話しかけてみることにしました。
「あのね、魔法を教えてもらったの?」
突拍子もないことを言い出したマリーに思わずショーンは声を出しました。
「ええ?なんだって?」
マリーにとって言葉の一つ一つを出すことが勇気のいることでした。馬鹿げていると思いながらも、ほかによい方法が浮かびません。おばあさんの言葉を信じているわけでもないけれど、どうしても気持ちを伝えたかったのです。
「この飴玉を口の中に入れて眼を閉じたら仲直りできる魔法をかけるから」
ショーンはしぶしぶマリーの差し出した飴玉を黙って口に入れて眼を閉じました。マリーは目の前の目を閉じたショーンを見て、不思議な気持ちになりました。マリーは自分の飴玉をじっと見て、口に入れました。みるくのようなやわらかな味が口の中に広がります。いよいよショーンの唇にキスをする時がきました。
(こういうことするの、久しぶりのような気がする)
マリーは愛しい気持ちでショーンを抱きしめながら唇を重ねていきました。すると不思議なことに頭の中にショーンの声が響きだしました。
(どうすればマリーと仲直りできるのだろう。本当はマリーのこと大事にしたいのに、僕はつまらないことでマリーを傷つけてしまっているな。でもどうすればいいのだろう。どうしてもマリーの紅茶は好きになれないし、マリーは口をきいてくれなくなったし、僕も気まずくて話せないし、もう別れるしかないのか。でもそんなことは嫌だ)
マリーは驚きました。ショーンもマリーと同じことを考えていたのです。マリーはショーンのことがとても愛しくなってきて唇を深く重ねていきました。すると口の中に紅茶の味が混ざってきました。それはショーンの好きなセイロンの味でしたが、飴玉の味が混ざっているせいなのか、なぜかすんなり受け入れることができました。そして口の中には別の甘い味が混ざってきます。イチゴジャムのような味です。飴玉はすっとなくなっていき、口の中にふわりと広がっていきました。
マリーが唇を離すと、ショーンは眼を開きました。その眼は潤んでいます。
「マリー…ごめんよ」
「え?」
「僕と同じことで悩んでいたんだね」
「ショーン…私どうしていいかわからなかった。このままショーンと別れてしまうのが怖かったけれどどうしようもなくて」
「お互い好きなものを好きだと言い合えればいいのに、どうしてだろう。僕たちはそれができないんだね」
「でも、今ショーンとキスをしたとき、あなたの好きな紅茶の味がしたの。でも全然気にならなかった」
「え?マリー。僕もだよ」
二人は驚いて、恐る恐るお互い好きな紅茶を試してみることにしました。すると不思議なことにまったく気にならなかったのです。
「あ、飲める」
「僕も飲めるよマリー」
「本当に魔法が効いたんだ」
マリーとショーンは喜んで抱き合いました。
「ところでその魔法を教えてくれたお店はどこにあるんだい?」
マリーはこんな素敵な魔法の飴玉をくれたおばあさんにお礼を言おうと思ってショーンと一緒に出かけました。
「ここよ。このお店…あれ?」
そこにあったのは果物屋で、紅茶屋ではありませんでした。
「迷ったのかな。そんなはずないんだけど」
マリーとショーンはお店を探しましたが結局わからずじまいでした。
「あれ?」
突然ショーンが声を上げました。マリーが振り向くと、ショーンがポケットからなにやら出してきました。それは先ほど二人で食べたはずの包み紙に包まれた飴玉ふたつでした。
公園に来た二人はベンチで泣いている女性を見つけました。気になって声をかけてみると女性はこう言いました。
「大好きな人と喧嘩してしまって。もう別れてしまうかもしれない」
ショーンとマリーは、ショーンの手のひらにある飴玉ふたつをじっと見つめて微笑みあいました。マリーは飴玉を持って彼女に言いました。
「あのね、仲直りの魔法を教えてあげる」
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