N市から京都に帰ってきてまた普段通りの生活に。
普通に暮らしながらも心残りというか心にモヤっとした何かが残っているのです。
養父母は私を溺愛し育ててはくれましたが私が成長した時に本当の親の事をきちんと話してやるために色んな記録を残しておいてやろうという考えが全くと言って頭に無かったそう。
なので私は自分の生い立ちの事なのに
全く知る事も誰に聞くことも出来ません。
唯一の頼みだった実父も会えないまま亡くなったので私がなぜ養女になる事になったのか、私の実の両親の間に何があったのか、など知りたいことがどんどん溢れ出てきます。
実母が私の母子手帳にきちんと記録をつけていたそうで養母はその大切な母子手帳でさえ何処かに紛失していたことを知り私はあまりにもの養母のガサツさに呆れてしまいました。
私にとっての唯一の実母に関わる物だったのに…怒りたいけど今さら怒ってもどうにもならないモヤモヤな気持ちでした。
でもここまできたら私の出生の事を詳しく聞けるのは実の母を探すしか手立てがないこととなりました。
そして今度は私自身で実母について調べてみようと思いました。
ちょうどたまたま用事で役所に行く事があったのでその時に窓口で簡単に説明をして実母の戸籍を調べてもらえるか聞いてみました。
時間も閉館まであと40分ほどという頃で役所の職員さん数名が残り時間あとわずかの事務作業中でした…
そんな時にいきなり実母の戸籍を調べて居場所を知りたいなんて私が訪ねたものだからいつもはのんびりした雰囲気が少しピリッとした雰囲気になり1人の担当の職員さんがパソコンを前に先ずは私の戸籍を調べてそこから実父そして実母の戸籍をたどってどんどんプリントしていってくださいました。
時間は閉館の5時のチャイムが鳴って
それでもまだ作業してくださって
他の職員さんたちもアレコレ手分けして手伝ってくれていました。
私があまりにも時間がかかって申し訳ないのでまた新たに後日出直しますので…と言っても
あともう少しですからそのままお待ち下さいとある程度まで調べてくださいました。
約40分ほどの間に今まで私が知らなかった実父と実母の戸籍の書類が何枚も。
それも昔の手書きの書類
細かい字で書かれて印刷も薄くなったり訂正されたりと読みにくいものでした。
職員さんがとりあえず今日はここまでですのでまた次回お母さまの戸籍を詳しく辿っていきましょう。
とおっしゃってくれました。
役所の皆さんにお礼を言ってその書類の束を大事に持ち帰りました。
夕食後に1枚1枚じっくりと目を通していきました。
実父と実母の生年月日や2人の入籍日、私の出生届けの出された日など
今まで私の知らなかった事が少しずつわかってきました。
以前は戸籍を辿るのって結構大変で戸籍に載ってる住所のある役所まで行かないと調べられないと思っていたのが近所の役所でこんなに簡単に調べられる事を初めて知ってちょっとビックリでした。
こんなに簡単に調べられるんだったらもっと早くに調べておくべきだったなぁとちょっと後悔しました。