とても長いただの日記です。
内容は楽しいものではないです。
ぐちゃぐちゃです。






















私の大好きなおじいちゃん二人が亡くなりました。


先月の中旬に母方のおじいちゃん。
三日前に父方のおじいちゃんが。


母方のおじいちゃんを永田じい
父方のおじいちゃんをじいちゃん
と呼びます。
永田じいは家から車で20分くらいの場所に住んでいて、じいちゃんは一緒に暮らしていました。


永田じいは去年の7月に病気であることが発覚し、癌も見つかり余命宣告も受け、覚悟はしていたつもり。
だからみんなで最後の思い出作り(口に出しては言わなかったけど)でたくさん出かけたり、遊んだり。
とてもアクティブな永田じいは83歳でヨボヨボなのに一人で電車にも乗るし、目を離すといなくなるし。絵や習字も上手く、やりたいことをやりまくり。喋りまくり。我が道をゆく!というかんじでした。てか、元気すぎ!笑
行方不明になることも多かったので心配もたくさんしたし、その都度母と祖母に怒られて舌を出してたよね。反省してよ笑
私もよく怒っていたな笑

永田じいは私のことをとても可愛がってくれて(というか最後は面倒見てくれるお姉ちゃんのような存在になっていた)
私を友達だと言ってた。孫の中(四人兄弟)では一番長く一緒にいたね。お祭りもスカイツリーもクリスマスもね。永田じいの面倒見るの大変だったんだから!笑

そんな永田じいが先月、通院中に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。直前まであんなに元気だったのにと、みんな驚いていた。

永田じいは、私の名前をつけてくれた人。
由紀って呼ばれるの好き。自分の名前が好きなんだ。お気に入りの名前。つけてくれてありがとうって、そういえば言ってなかったから手紙を書いて、棺桶の中に入れてもらった。

おじいちゃんおばあちゃん、全員元気に生きていてくれてたから、こんなに身近な人がいなくなってしまうことが初めてで。
正直、かなりつらかった。
でもそれと同時に家族で支え合うこと、親戚の方々の存在、お話を聞いて心が軽くなったこと、有難かった。
気付かせてくれてありがとう。

葬儀屋さん、あんなに丁寧にお見送りの準備してくれるんだね。どこまでもどこまでも丁寧に、、
生き抜いた命に対する心遣いを強く感じたな。安心して全て任せることができた。本当にありがとうございました。


永田じいが倒れた日、亡くなった日に
母も倒れた。
精神的なものと思っていたが、別の心配があり入院することに。(先に言うと、母はすでに退院し現在は元気)


その1週間と少し経った頃、じいちゃんが倒れ入院。

姉夫婦も加わると、総勢10人が集まる賑やかな家が夜は私含め3人しか寝ていない静かな家になった。

細かい事情や内容は全て省くが、大変だった。
精神的に、だんだん、少しまずいなと思うことも日に日に増えた。(この頃、謎なツイートをしてしまうことが多々あったので不快な思いをさせてしまったらすみません)

2月に入って少ししてからは毎日、

みんなと一緒に暮らしたい
早く帰ってきてほしい

そればかり思ってたな。
なにより家族との時間が大切だから。
さすがに仕事中や人と会っている時間は気が張っているため元気に過ごすことができた。
それも有難かった。


夜って本当に元気を吸い取られるんだね。
みんな、ちゃんと寝た方がいいよ。




2/14、じいちゃんは息を引き取った。

報せを受け、すぐに家に帰った。
やっと家に帰って来れたねじいちゃん。涙が次々に溢れた。悲しかったけれど、家族がみんな揃っていて嬉しかった。


じいちゃんが私のお願い事をきいてくれたんだと思った。


厳格で、怒るととても怖いじいちゃん。
小さい時泣いていると、何泣いてんだ!泣くんじゃねえ!!って怒鳴る。(怖すぎて泣き止む笑)
でも笑うととても可愛い。
背が高くて、足が速くて喧嘩が強い。
昔、溝にはまった車を手で持ち上げたという超人的なじいちゃん。笑(昔の車は今より軽いけどそれにしても超人)
校庭で野球をやっていて、打った球が校舎の時計に当たってそれがまだ直っていないとか、伝説がたくさんあるすごいじいちゃん。

いろんな場所に連れていってくれて、たくさん遊んでくれたじいちゃん。

観光バスの運転手だったから、人前で話す時にいつもユーモアを加えて笑いを取るんだよね。

普段はめちゃくちゃ不器用なくせに、そういうのはうまいんだよね笑

思い返すと、じいちゃんは人のことでばっかり怒って、喜んでいたな。
私達のこと本当に可愛がってくれてた。
おばあちゃんのために好きなおかずを残したり。

不器用だから伝わりにくかったけど、すごく愛情深い人。

私が出会った人の中で唯一、
大切な人のために命をかけるであろう人。



最後に2人でゆっくり話した時に

おじいちゃんがいてくれてよかった。
助かったよ。ありがとう。

って言葉にして伝えられたの。入院する少し前に。その時も、真顔で目を逸らされて。
今思うと照れてたんだな、とか。

こんな人に育ててもらえて
本当によかった。
本当にありがとう。

さっき感謝の言葉を直接伝えたから、もういいんだけどさ。本当にありがとう。



明日、おじいちゃんのお通夜がある。
もう今日か。

おじいちゃんがお家で過ごす最後の夜、私は同じ部屋で寝かせてもらっている。(正確には隣の部屋だが襖を開けて同じ空間にしてる)

最後の時間を独り占めしている。



久しぶりに家族全員揃ってワイワイガヤガヤご飯を食べて、夢のような時間を過ごした。
全部じいちゃんがくれた時間。

みんなと過ごしたいという私の願いを叶えてくれた。


みんなが来てる時に、じいちゃんの隣で姪っ子とギターを弾いたり、テオリアの曲を弾き語りした時に
電気が付いたり消えたりして。喜んでくれたのかな?とか。(齋藤家はなんかそういうの多い)


そして、実は姉が二人目を妊娠していて16日が予定日だったのだけど。。
全然産まれないねーなんて余裕のでいたらついに数時間前に陣痛が。

少し前におじいちゃんに最後の別れをしにうちに来てくれた。(姉夫婦はうちから車で5分しないくらいの場所に住んでいる)

家族の大切さ、生と死について
おじいちゃんが最後に教えてくれようとしているような気がして、さらに泣けた。

お姉ちゃん、頑張って。




もうこんな時間。
今日のお通夜、明日の告別式でしっかりと送り出さなきゃいけない。正直まだ受け入れきれていない部分が大きいけど。
それよりも感謝の気持ちが強い。
今までありがとうって気持ち。

じいちゃん。

ありがとうね。











ここまで、もしこんな日記を読んでくれた人がいたら、本当にありがとうございます。

何かを伝えたいといわけではなく、本当にただの日記。

おおっぴらに言うことではないし、だからこういう形にした。あえてこの時間で。
もしこの日記に出会う人がいたら、私ときっと縁があるのだと思います。

そして、この日記を書いた理由は、私のキャパオーバーによるもの。心のバケツみたいなものがいっぱいなのです。

だから文章もめちゃくちゃだし。
私の心の中に全てとどめておくことが出来なかった。



齋藤由紀という人間の
長い独り言でした。


おやすみなさい。