あめつちの便り「土の音」🎵ひめゆりの搭 慰霊(1)「涙そうそう」母の日に

    「涙そうそう」は夏川りみの持ち歌でも
知られますが、作者は急逝した兄を想って
書いたとか。

    所用で長年振りに沖縄に渡り、
5月13日は「ひめゆりの塔」(※)へ慰霊に
赴きました。

献花の代わりにオカリナで献曲させて
頂きました。

    ★「ひめゆりの塔慰霊」涙そうそう・オカリナ:https://youtu.be/SefvVgNCU-I

    古いアルバムめくり
            ありがとうってつぶやいた

    いつもいつも胸の中
            励ましてくれる人よ

    晴れ渡る日も 雨の日も
           浮かぶあの笑顔

    想い出遠く あせても

    おもかげ 探して

        よみがえる日は 涙そうそう‥‥

    18才の夏、私は自転車にテントと
シュラフを積んで金沢から山陰を通り、
鹿児島からフェリーで復帰直後の沖縄を
目指しました。

ところが、台風で奄美大島止まりとなり、
これを縁に奄美を回り、生活文化に
触れました。

    八月のお盆、満月の夜に出会った
高校三年生の島の乙女は、卒業したら
大阪の繊維会社に集団就職するとのこと。

私は巨大都市は危ないから金沢はどうか
と話し文通が始まりました。
しかし、いつしか途絶えました。

後に奄美の家を訪ねると、驚いた彼女の
母は仏壇に案内してくれ、涙声から知った
のは、就職して大阪で結婚し間もなく
交通事故で星になったことでした。

    さて今、奄美が世界に誇れる健康長寿
地域としてクローズアップされています。

反面、沖縄の寿命短命化の原因が、
戦争や戦後の米軍問題と表裏一体で
あること。

この度、ひめゆり学徒の高齢の生存者の
生々しいお話しを聞き、遺品や資料を
目の当たりにして痛感するのです。

    発酵学で知られる小泉武夫教授によれば、
アメリカの統治を受け食文化が大きく
変わった沖縄に比べ、奄美大島は、
平均健康寿命が90才以上と大きく違いが
出ているそうです。

     (※)「ひめゆりの塔」:昭和二十年三月、
米軍の艦砲射撃が始まり、沖縄師範学校
女子部と沖縄県立第一高等女学校の職員
生徒二百九十七名は、軍命によって看護
要員としてただちに南風原陸軍病院の
勤務についた(ひめゆり学徒隊とも
言われた)。

    前線から運ばれる負傷兵の数は激増し、
看護婦・生徒たちは夜昼となく力の
かぎりをつくして傷病兵の看護をつづけた。

    六月十九日、第三外科の壕は敵襲を受け
ガス弾を投げ込まれ地獄絵図と化し、
奇跡的に生き残った五名をのぞき
職員生徒四十名は岩に枕を並べた。

軍医・兵・看護婦・炊事婦も運命を
ともにし、他の職員生徒たちは 壕脱出後
弾雨の中をさまよい沖縄最南端の断崖に
追い詰められて多く消息を絶った。

    後に「ひめゆりの塔」が建ち、ここに
沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等
女学校の職員十六名、生徒二百八名の
戦没者を合祀して白百合のかおりを
誇った御霊の心をうけ、平和の原点とした。

奇跡的に生き残った数少ない高齢の
学徒達が、「ひめゆり平和記念資料館」
を中心に、血と涙の体験を語り継いでいる。

⭕🎵ひめゆりの搭 慰霊(2)沖縄教会
「アメージンググレイス」(Amazing Grace) 母の日に

    宿の世話人の方に、
キリスト教会のミサへ誘われ、
突然オカリナを演奏することに…

    たまたま 母の日であり
その場で脳裏に浮かんだのがこの曲🎵

    ★アメージンググレイス(オカリナ)沖縄:https://youtu.be/X6BKoP3jHKc

    Amazing grace how sweet the sound
    That saved a wretch like me.
    I once was lost but now am found,
    Was blind but now I see.

    アメージング・グレース

  何と美しい響きであろうか

    私のような者までも救ってくださる

  道を踏み外しさまよっていた私を

    神は救い上げてくださり

  今まで見えなかった神の恵みを

  今は見出すことができる 

〈曲が出来た背景〉
人身売買をする奴隷船の船長が、
嵐で沈みかけた船で恐れをなし
神に祈ったら、無事難を逃れ
イギリスに戻ることが出来た。

こんな卑劣な自分でも神は救ってくれた
と後年聖職につき、懺悔と感謝を込めて
作られた曲がアメージンググレイス…

大航海時代、植民地帝国を築いた
西欧列強が奴隷を酷使して砂糖を作らせ、
巨大な富を築いたのが産業革命のベース
だとさえ云われる(砂糖は白い黄金とも
呼ばれた)。

現在、特に「白砂糖」は、依存性のある
「白い麻薬」と言える事がわかっており、
甘美な誘惑と病気の危険を世界に
拡散し続けている。

    「奴隷商人は懺悔しても、家畜同然に使い
殺された奴隷たちは一体どうなるんだい?
僕にはとても歌えない」

と、懇意だった
吟遊詩人「ナナオサカキ」が、
グリーンノートの囲炉裏端で意味深に
話していた。

⭕🎵ひめゆりの搭 慰霊(3)奇妙なご縁
「もしかして沖縄で "涙そうそう" を…?」

    沖縄で「ひめゆりの塔慰霊」の後、
金沢に戻って間もないオカリナ教室。

    「もしかして沖縄で"涙そうそう"を
演奏しませんでしたか?」と生徒さん❗

えーっ⁉️「何で知ってるの?」

    「私にオカリナを勧めてくれた金沢の
友人が、13日にひめゆりの塔へ行き、
オカリナで "涙そうそう" を聴いたと
言ってましたよ!」

❓??本当なら時空における一度の奇遇‼️
那覇よりずっと南の端、バスを乗り継ぎ
二時間近くの所なのです。
私は一瞬言葉を失いました(゜ロ゜;

奇蹟?偶然?必然?
そもそも自分自身が今生きて在る
ことは奇蹟‥。

もとより遥か異国?のことなどと
決して思えない時空と縁の繋がりを
感じてやみません。

 滞在中お会いできたカラオケバー
「茶色の小瓶」マスター 仲里尚英さんと
ピアニストの国吉政淳さんとの
感動的な出会いにも感謝❕

    ★「仲里尚英」:https://okinawa-ocarina.jimdo.com/

難聴を克服した沖縄県内唯一のオカリナ
プロ奏者・仲里 尚英さんと
全盲で左耳難聴の国吉政淳さんの
ピアノコラボは、多くのオカリナグループ
の演奏の中でも秀で、最も感動的でした。

 ───────────
   あめつちの便り「土の音」(Claytone)
〈食育のグリーンノート&土の音工房〉
 ★HP:http://green17.crayonsite.net
    ★前HP:http://www14.plala.or.jp/greennote/
    ★「土の音🎵オカリナのある風景」
     :https://youtu.be/Lx0ONATqiTg
    ★「料理セミナー」
     :https://youtu.be/4gXIxSK-l_Q
  体と心の相談、講演、料理教室や
    食アドバイザー講習
        あなたのオカリナ製作等、
    承っております。
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あめつちの便り「土の音」🎵ひめゆりの搭 慰霊(1)「涙そうそう」母の日に 「涙そうそう」は夏川りみの持ち歌でも 知られますが、作者は急逝した兄を想って 書いたとか。 所用で長年振りに沖縄に渡り、 5月13日は「ひめゆりの塔」(※)へ慰霊に 赴きました。 献花の代わりにオカリナで献曲させて 頂きました。 ★「ひめゆりの塔慰霊」涙そうそう・オカリナ:https://youtu.be/SefvVgNCU-I 古いアルバムめくり ありがとうってつぶやいた いつもいつも胸の中 励ましてくれる人よ 晴れ渡る日も 雨の日も 浮かぶあの笑顔 想い出遠く あせても おもかげ 探して よみがえる日は 涙そうそう‥‥ 18才の夏、私は自転車にテントと シュラフを積んで金沢から山陰を通り、 鹿児島からフェリーで復帰直後の沖縄を 目指しました。 ところが、台風で奄美大島止まりとなり、 これを縁に奄美を回り、生活文化に 触れました。 八月のお盆、満月の夜に出会った 高校三年生の島の乙女は、卒業したら 大阪の繊維会社に集団就職するとのこと。 私は巨大都市は危ないから金沢はどうか と話し文通が始まりました。 しかし、いつしか途絶えました。 後に奄美の家を訪ねると、驚いた彼女の 母は仏壇に案内してくれ、涙声から知った のは、就職して大阪で結婚し間もなく 交通事故で星になったことでした。 さて今、奄美が世界に誇れる健康長寿 地域としてクローズアップされています。 反面、沖縄の寿命短命化の原因が、 戦争や戦後の米軍問題と表裏一体で あること。 この度、ひめゆり学徒の高齢の生存者の 生々しいお話しを聞き、遺品や資料を 目の当たりにして痛感するのです。 発酵学で知られる小泉武夫教授によれば、 アメリカの統治を受け食文化が大きく 変わった沖縄に比べ、奄美大島は、 平均健康寿命が90才以上と大きく違いが 出ているそうです。 (※)「ひめゆりの塔」:昭和二十年三月、 米軍の艦砲射撃が始まり、沖縄師範学校 女子部と沖縄県立第一高等女学校の職員 生徒二百九十七名は、軍命によって看護 要員としてただちに南風原陸軍病院の 勤務についた(ひめゆり学徒隊とも 言われた)。 前線から運ばれる負傷兵の数は激増し、 看護婦・生徒たちは夜昼となく力の かぎりをつくして傷病兵の看護をつづけた。 六月十九日、第三外科の壕は敵襲を受け ガス弾を投げ込まれ地獄絵図と化し、 奇跡的に生き残った五名をのぞき 職員生徒四十名は岩に枕を並べた。 軍医・兵・看護婦・炊事婦も運命を ともにし、他の職員生徒たちは 壕脱出後 弾雨の中をさまよい沖縄最南端の断崖に 追い詰められて多く消息を絶った。 後に「ひめゆりの塔」が建ち、ここに 沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等 女学校の職員十六名、生徒二百八名の 戦没者を合祀して白百合のかおりを 誇った御霊の心をうけ、平和の原点とした。 奇跡的に生き残った数少ない高齢の 学徒達が、「ひめゆり平和記念資料館」 を中心に、血と涙の体験を語り継いでいる。 ⭕🎵ひめゆりの搭 慰霊(2)沖縄教会 「アメージンググレイス」(Amazing Grace) 母の日に 宿の世話人の方に、 キリスト教会のミサへ誘われ、 突然オカリナを演奏することに… たまたま 母の日であり その場で脳裏に浮かんだのがこの曲🎵 ★アメージンググレイス(オカリナ)沖縄:https://youtu.be/X6BKoP3jHKc Amazing grace how sweet the sound That saved a wretch like me. I once was lost but now am found, Was blind but now I see. アメージング・グレース 何と美しい響きであろうか 私のような者までも救ってくださる 道を踏み外しさまよっていた私を 神は救い上げてくださり 今まで見えなかった神の恵みを 今は見出すことができる 〈曲が出来た背景〉 人身売買をする奴隷船の船長が、 嵐で沈みかけた船で恐れをなし 神に祈ったら、無事難を逃れ イギリスに戻ることが出来た。 こんな卑劣な自分でも神は救ってくれた と後年聖職につき、懺悔と感謝を込めて 作られた曲がアメージンググレイス… 大航海時代、植民地帝国を築いた 西欧列強が奴隷を酷使して砂糖を作らせ、 巨大な富を築いたのが産業革命のベース だとさえ云われる(砂糖は白い黄金とも 呼ばれた)。 現在、特に「白砂糖」は、依存性のある 「白い麻薬」と言える事がわかっており、 甘美な誘惑と病気の危険を世界に 拡散し続けている。 「奴隷商人は懺悔しても、家畜同然に使い 殺された奴隷たちは一体どうなるんだい? 僕にはとても歌えない」 と、懇意

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