10月10日は何の日?
今日は10月10日。
体育の日ですね。
この体育の日、2000年以降は毎年10月第2月曜日なんですよね。
昭和生まれ・昭和育ちの私には、この制度がイマイチ馴染めません…。
この日が『目の愛護デー』だという事はご存知ですか?
10月10日の「10・10」を横に倒すと眉と目の形に見える事から、その名が付きました。
日本は語呂合わせが好きですね。
他にも『萌えの日』にもなっています。
縦に書いた「十月」と「十日」を合わせると「萌」になる事から、アキバの日になりました。
(*´д`*萌)モエリンヌ
さらに『釣りの日』にもなっていて、魚の異名の一つである「とと」の語呂合わせから来ています。
語呂、合わせまくりですね。
((o_(エ)_)oゴロン (o-(エ)-)oムク (*-(エ)-*)vイエーイ
私の中で10月10日と言えば、やっぱり体育の日です。
「秋の大運動会」と書かれたプログラムを握りしめてクラスメイトの応援をしたり、これから始まる競技にドキドキしながら入場門をくぐった記憶が蘇ります。
今でも運動会の歌が歌えます。
ちなみに、児童が多かった私の小学校では、ハチマキは4色でした。
定番の赤、白。
そして、黄色と青です。
このハチマキ、1年生の時にクラスごとに色分けされるのですが、これは卒業するまでその色なんです。
1年生の時に黄色なら、6年生になっても黄色です。
私は黄色でした。
青が良かったなぁ…と青いハチマキの友人を見つめていました。
(¬艸¬)ジー
では、過去の10月10日に何があったのか、少し書きます。
1882年の今日、日本銀行が開業。
1952年の今日、昭和天皇の第四皇女・順宮厚子内親王と池田隆政氏が結婚。
1964年の今日、第18回夏季オリンピック・東京オリンピック開会。
1969年の今日、巨人の金田正一氏が史上初の400勝を達成。
1971年の今日、NHKが総合テレビの全放送時間をカラー化。
1976年の今日、具志堅用高氏がファン・ホセ・グスマン氏を破り、世界ジュニアフライ級王座を獲得。
1977年の今日、新宿の歌声喫茶「灯」一号店が閉店。
1981年の今日、「オレたちひょうきん族」レギュラー放送開始。
2003年の今日、日本産の最後の朱鷺のキン が死亡、日本産のトキが絶滅。
2006年の今日、仙台・金沢・堺など17地域で「ご当地ナンバー」を導入。
いろんな事がありましたね。
では、今から65年前の1944年の10月10日に何があったのか、わかる方いらっしゃいますか?
ほとんどの方が知らないでしょう。
私も、去年初めて知りました。
1944年の今日、米軍が沖縄本島初空襲、那覇市の9割を焼失し死者548人。
この惨劇は十・十空襲(じゅう・じゅうくうしゅう)と呼ばれ、太平洋戦争(大東亜戦争)後期の1944年(昭和19年)10月10日に沖縄全域にアメリカ軍空母艦載機が行った大規模な空襲。
548人とありますが、553人とも言われています。
政府は、沖縄から10万人の老人や婦人、子どもたちを日本本土や台湾に疎開させる計画を立てました。
そのため沖縄から1944年7月から1945年の3月までに約7万人が南九州と台湾へ疎開していきました。
湖南丸や疎開児童をのせた対馬丸などは、アメリカ軍の潜水艦によって沈没させられました。
この空襲により、首里城をはじめとする貴重な文化財の多くが失われました。
2006年ミス・ユニバース・ジャパン、同年のミス・ユニバース世界大会で第2位となった事で有名なモデル:知花くららさん。
彼女のお爺様はこの戦争を経験されています。
とあるニュース番組で、お爺様とくららさんが沖縄で戦場だった場所を廻り、あの惨劇の体験を語っていました。
去年、東京千代田区にある【千鳥ケ淵戦没者墓苑】に1人で行きました。
日本武道館の近くにあります。
閉園時間が過ぎてから行ったのですが、入口の清掃をしていた方が「参拝だけでしたらどうぞ」と入れてくださいました。
私以外に誰も居なくて、静寂に包まれていました。
周囲を木々に囲まれているので、近くを走る高速道路の騒音も聞こえません。
時々吹く風で揺れる葉の音が聞こえるだけです。
世界には多くの観光地があります。
暖かい南の島は特に人気があります。
ですが、そこは数えきれない多くの死者を出した戦場。
人間が生み出した負の歴史です。
これ以上、負の歴史を繰り返さないように、私たちにできる事とは何でしょうか。
PCをお持ちの方、よければこちらをご覧ください。
千鳥ケ淵戦没者墓苑
十・十空襲と那覇市の戦争
妹と大阪 2
妹が大阪に行って驚いたのが、コミュニケーション能力の凄さ。
関東(特に東京)では考えられないくらい、人と人との距離が近い。
話を聞いていて、とても勉強になった。
心斎橋付近やアメ村、ミナミを歩いていると、飲食店のキャッチが激しいそうだ。
まず『どこ行くん?』から始まり、普通の会話をし、さりげなくお店のPRをゴリ押しする。
居酒屋の兄さん『今からだったら10%オフでエエよ♪』
妹の友人「時間無いから~w」
兄さん『ほな、飲み放題料金を1000円でどうや?』
妹の友人「スゴイやん、他には?」
兄さん『君にはかなんな~w』
など、関西弁が飛び交っていた。
あ、妹の友人は兵庫県出身の関西人なんだとか。
で、関東人の妹はと言うと、関西弁に圧されてどうする事も出来ず、ニコニコしていたそうで。
チキンやね(。-∀-)
妹たちは本当に時間が無く、居酒屋さんには行けなかった。
関西友人に話を聞くと「どこまで下がるんかな~って様子見てたw」と。
チキンな妹には出来ない芸当です。
※私は妹以上にチキンです
冒頭に書いた【コミュニケーション能力の凄さ】だが、まず東京では体験できないだろう。
大阪で妹たちは道に迷い、地図を広げて立ち往生していた。
すると、どこからともなく『どしたん?どこ行くん?』と声をかけてくれる。
これが、どこに居ても、なのだ。
声をかけてくれるのは、そこを通りかかったサラリーマンや買い物途中のオバチャン、これから遊びに行くであろうお姉ちゃんなど、人種を問わない。
「道に迷ったら交番へ」ではなく「見ず知らずの人でも助け合う」という精神が誰にでもあるのだ。
さらに!
さらに凄いのが、道案内の仕方。
目的の場所のすぐ近くまで、一緒について来てくれるのだ。
これには妹ビックリ仰天。
目的地の近くまで一緒に行けない場合は、迷子の人がわかりやすい場所までついて来てくれる。
誰でもそうなのだ。
コンビニの店員さんでも、店の外に出て案内してくれるのだ。
こういう対応、東京ではまず在り得ない。
絶対に、と言っても過言ではない。
東京だけに限らず、関東はそうだろう。
【知らない人から話しかけられる】というのに慣れていないからだ。
「すいませ~ん」の声が聞こえると瞬時にナンパ?と思ってしまうくらい、慣れていない。
みなさんは、道案内というとどういう対応を思い浮かべますか?
ほとんどの人は【今居る場に立ちながら口頭で説明する】だろう。
動いたとしても、道路が見える場所まで数歩移動した、くらいだろう。
実際私も、道を聞かれたらそうしていた。
妹の話を聞いて、勉強になった。
もし道を聞かれたら大阪人になろう!
そういえば、東京で道に迷って交番へ行った時、適当な対応をされたなぁ…。
イスに座ったまま動かないし。
私「この場所へ行きたいんですけど、どう行けばイイですか?」
警官『ああ、ここを出て左に曲がって信号を2つ過ぎて右に折れてすぐです』
わかんねぇぇぇぇぇぇぇぇ
大阪は、食い倒れの街。
「美味い、安い、早い」が基本。
それもこれも美味しいのは、互いに美味しさを競い合っているからだとか。
これは知り合いの関西出身の大学助教授から聞いた話。
大阪は、人情の街。
会話にボケとツッコミ、そしてオチを盛り込まなければならない。
コミュニケーション能力の高さは日本一!
誰もが大阪人以外の人を歓迎してくれる。
大阪は、人と人との距離が近い温かい街。
タクシーに乗った時、行き先を告げる言葉のイントネーションで、乗客が関西人かどうかがわかる。
妹がタクシーに乗った時、運転手さんが『どっから来はったんですか?』と話しかけてくれたそうだ。
そこから会話が弾み、移動がすごく楽しかった、と笑顔で言う妹。
地元:宇都宮のタクシーでは、まず無い。
