小学生の3年生か4年生くらいの頃の8月。
妹が産まれた。
当時まだ両親との関わりもなかったので、産まれた頃の妹をどうしていたのか?は、私は知らない。
もしかすると母が仕事しつつのおんぶしていたのかも知れない。
実家の敷地内に店があったのに、私が両親と関わるのは学校から帰ってチラッと店を覗きつつの「ただいま」だけで、これは毎日していた。

出来れば両親と関わりたかったのもある。
だけどそれがワガママなのもわかったし、仕事の邪魔をしちゃあいけない。迷惑かけちゃいけないと思っていた。
仕事してるんだから、関われる訳がない。
休んでどこかに連れて行ってくれることもない。
夏休みだろうと冬休みだろうと私も弟も特に思い出もなかった。
だから夏休みの絵日記なんかも虫とりだとか花火だとか、これといって目立った日記を書いた事はない。

多分、4年生くらいの頃に弟が同じ小学校に入学してきた。
その翌年、弟は家の前の道路、しかも私の目の前で交通事故にあった。
当時の弟は、もしかすると植物人間になるかも?と、運ばれた病院で言われた。
そこから意識は戻ったものの、記憶どころか言葉も覚えてなかった。
私は妹と一緒に寝たりしてた。
私自身の寂しさよりも妹が気になっていたから。
でも、この頃に私自身が意味不明と思われるイジメもされたりしてた。
だけど救急車の音を聞くたびにパニックになったりもした。

同じくこの頃、友達みたいな友達ではなかったのか?私にもイマイチ分からない。
なせなら特殊学級の子で、私が偏見で見ていた訳でもないのだが、お互いにずっと一緒にいた訳でもないから、良く分からない関係だった。
居場所が欲しかったのかもしれない。
誰にも近づけない。話せない。
近づくとイジメられるから。

6年生になって、初のイジメの無かった一年間だった。
担任の先生がとにかく相談にのってくれたし、真剣に取り組んでくれた。
イジメられてるのご恥ずかしい訳ではない。と、教えてくれた。
だけど結局私はずっと両親にイジメの内容を言ってない。
未だにどんな事をされたのか?言われてたのか?も、言ってない。
言ったからそこに戻れるわけでもないし、言ったから何かしてもらえるとも思ってない。
今の私は正直両親に関わりたくないから。
もう十分頑張ってきたと私は思ってる。
でも分かって貰えない事だけはわかった。
いくら親でもわかろうとしてくれないのも分かった。
結局辛くなるだけなら関わらない方がいい。

ま、6年生の頃には弟も話しができるようになっていた。
でも弟は未だにこの事故の記憶はないらしい。

ま、こんな小学生時代の私は今と違ってとにかく話しをする事も少なく、笑うこともなく…の、時代。