先週、四国八十八ヶ所の歩き遍路をしてました
本来は時間と予算と体力があれば、通しで全箇所巡礼
したいところですが、現実的にはなかなか難しいもので、
タイミングの合った時に区切り打ちで歩いています
今年は2度目で漸く高知県の37番札所 岩本寺まで来ました
次の札所である足摺岬の金剛福寺までは2泊3日の行程で
時間切れ、次回の持ち越しとしました
37,38番間は、四国八十八カヶ所の最長札所区間ということです
高知は「修行の道場」と呼ばれるだけあり、歩き遍路に限らず
移動距離の長い体力勝負の遍路行場です
スタートとなる「発心の道場」徳島県の札所には
「南無大師遍照」と書かれた白衣を着た大勢の”お遍路さん”
が熱心に巡礼しています
バスツアーも頻繁に出て、皆さん夫々の想いで張り切って参拝を
始めますが、高知も半ばになってくると見かけるお遍路さんも
少数精鋭(笑)になってきます
強い信仰心と気力、精力、体力、そして財力勝負になってきます
さて、お遍路さんが札所を参拝する際には参拝の仕方なるもの
を事前に学んだり、最初に先達さんやガイドさんから学びます
四国八十八ヶ所霊場は、日本の真言宗開祖、弘法大師 空海が
開創したといわれ、今年は記念すべき1200年にあたる年です
実は全て真言宗の寺院というわけではありませんが、
真言宗の仏前勤行のお次第で参拝する流れになっています
ちなみに八十八ヶ所のうち
真言宗は八十ヶ所、天台宗が四ヶ所、臨済宗が二ヶ所、
時宗、曹洞宗が夫々一ヶ所づつ、となります
もちろん各寺のご本尊は異なりますが、読経のお次第は共通で
真言宗を用いています
そのなかで、礼拝後に唱える 「懺悔文」 というものがあります
我昔所造諸悪業 (がしゃくしょぞうしょあくごう)
皆由無始貪瞋痴 (かいゆむしとんじんち)
従身語意之所生 (じゅうしんごいししょしょう)
一切我今昔懺悔 (いっさいがこんかいさんげ)
「無始よりこのかた 貪瞋痴の煩悩にまつわれて
身と口と意(こころ)とに造るところの もろもろの
罪咎(とが)を 悉(ことごと)く懺悔(さんげ)
したてまつる」
ご本尊に向かって、まず最初に自身の犯した
過去の罪過を述べて許しを請い、再度同じ過ち
を犯さないよう宣誓し祈願するわけです
貪瞋痴 とは 「貪」 道理を外れた貪りの心
「瞋」 怒り 「痴」 愚かで道理が分からないこと
正しい知恵の”知”に”やまいだれ”が付いています
「身」「語=口」「意」 の作用によって生まれる
これら貪瞋痴の3つのことを、仏教では根本的な
煩悩として「三毒」として誡めています
ここで出てくる「身」「語=口」「意」 の3つのはたらき
を「三密」と表現します
つまり、
「身密」は、 物質的側面 合掌などの手により印も含めた
身体的な働き
「口密(語密)」 言語・音声による波動的側面
口で真言とお経、陀羅尼を唱えることを含めた言葉の
バイブレーション的な作用
「意(心)密」 精神的な側面
仏様を心に念じ、瞑想を通して仏様と一体となる境地を持つ
深遠なるこころのはたらき
を表します
密教ではとても大事な要素であるこの三密を加持
することが修行の欠かせないプロセスです
j空海の代表的著書である 「即身成仏義」にある
頌(じゅ)=偈文に以下の言葉があります
「三密加持速疾顕 (さんみつかじそくしつけん)」
三密加持速疾顕とは、謂(いわ)く、
三密とは 一に身密、二には語密、三には心密なり。
(中略) もし真言行人ありて、此の義を観察し、
手に印契(いんげい)を作(な)し、口に真言を誦し、
心三摩地(さんまぢ)に住すれば、三密相応して
加持するが故に、早く大疾地(だいしつぢ)を得。
この三密のはたらきが互いに溶け合うことを
”加入”と呼び、そしてしっかり関わり合い保持し合う
ことを”摂持(しょうじ)”と呼び、これで”加持”という
意味になります
大疾地とは成就という意味で「即身成仏」を指します
この3次元の物質界において、身体と心を併せ持つ
我々人間は、三密の一密でも欠いて修行することでは
即身成仏は不可能というわけです
三密行ともいうわけです
お遍路さんはお経を読み慣れていない人も、ベテラン
の先達クラスも皆、大きな声で数珠を手に合掌しながら
読経や真言を唱え、一心に祈願しています
お遍路とはまさに三密行を実践する修行プロセスなんですね
本来は時間と予算と体力があれば、通しで全箇所巡礼
したいところですが、現実的にはなかなか難しいもので、
タイミングの合った時に区切り打ちで歩いています
今年は2度目で漸く高知県の37番札所 岩本寺まで来ました
次の札所である足摺岬の金剛福寺までは2泊3日の行程で
時間切れ、次回の持ち越しとしました
37,38番間は、四国八十八カヶ所の最長札所区間ということです
高知は「修行の道場」と呼ばれるだけあり、歩き遍路に限らず
移動距離の長い体力勝負の遍路行場です
スタートとなる「発心の道場」徳島県の札所には
「南無大師遍照」と書かれた白衣を着た大勢の”お遍路さん”
が熱心に巡礼しています
バスツアーも頻繁に出て、皆さん夫々の想いで張り切って参拝を
始めますが、高知も半ばになってくると見かけるお遍路さんも
少数精鋭(笑)になってきます
強い信仰心と気力、精力、体力、そして財力勝負になってきます
さて、お遍路さんが札所を参拝する際には参拝の仕方なるもの
を事前に学んだり、最初に先達さんやガイドさんから学びます
四国八十八ヶ所霊場は、日本の真言宗開祖、弘法大師 空海が
開創したといわれ、今年は記念すべき1200年にあたる年です
実は全て真言宗の寺院というわけではありませんが、
真言宗の仏前勤行のお次第で参拝する流れになっています
ちなみに八十八ヶ所のうち
真言宗は八十ヶ所、天台宗が四ヶ所、臨済宗が二ヶ所、
時宗、曹洞宗が夫々一ヶ所づつ、となります
もちろん各寺のご本尊は異なりますが、読経のお次第は共通で
真言宗を用いています
そのなかで、礼拝後に唱える 「懺悔文」 というものがあります
我昔所造諸悪業 (がしゃくしょぞうしょあくごう)
皆由無始貪瞋痴 (かいゆむしとんじんち)
従身語意之所生 (じゅうしんごいししょしょう)
一切我今昔懺悔 (いっさいがこんかいさんげ)
「無始よりこのかた 貪瞋痴の煩悩にまつわれて
身と口と意(こころ)とに造るところの もろもろの
罪咎(とが)を 悉(ことごと)く懺悔(さんげ)
したてまつる」
ご本尊に向かって、まず最初に自身の犯した
過去の罪過を述べて許しを請い、再度同じ過ち
を犯さないよう宣誓し祈願するわけです
貪瞋痴 とは 「貪」 道理を外れた貪りの心
「瞋」 怒り 「痴」 愚かで道理が分からないこと
正しい知恵の”知”に”やまいだれ”が付いています
「身」「語=口」「意」 の作用によって生まれる
これら貪瞋痴の3つのことを、仏教では根本的な
煩悩として「三毒」として誡めています
ここで出てくる「身」「語=口」「意」 の3つのはたらき
を「三密」と表現します
つまり、
「身密」は、 物質的側面 合掌などの手により印も含めた
身体的な働き
「口密(語密)」 言語・音声による波動的側面
口で真言とお経、陀羅尼を唱えることを含めた言葉の
バイブレーション的な作用
「意(心)密」 精神的な側面
仏様を心に念じ、瞑想を通して仏様と一体となる境地を持つ
深遠なるこころのはたらき
を表します
密教ではとても大事な要素であるこの三密を加持
することが修行の欠かせないプロセスです
j空海の代表的著書である 「即身成仏義」にある
頌(じゅ)=偈文に以下の言葉があります
「三密加持速疾顕 (さんみつかじそくしつけん)」
三密加持速疾顕とは、謂(いわ)く、
三密とは 一に身密、二には語密、三には心密なり。
(中略) もし真言行人ありて、此の義を観察し、
手に印契(いんげい)を作(な)し、口に真言を誦し、
心三摩地(さんまぢ)に住すれば、三密相応して
加持するが故に、早く大疾地(だいしつぢ)を得。
この三密のはたらきが互いに溶け合うことを
”加入”と呼び、そしてしっかり関わり合い保持し合う
ことを”摂持(しょうじ)”と呼び、これで”加持”という
意味になります
大疾地とは成就という意味で「即身成仏」を指します
この3次元の物質界において、身体と心を併せ持つ
我々人間は、三密の一密でも欠いて修行することでは
即身成仏は不可能というわけです
三密行ともいうわけです
お遍路さんはお経を読み慣れていない人も、ベテラン
の先達クラスも皆、大きな声で数珠を手に合掌しながら
読経や真言を唱え、一心に祈願しています
お遍路とはまさに三密行を実践する修行プロセスなんですね
人生の修行はまだまだ続きます
でもそれは本来の姿に戻るダイエットなんですね
業や執着という贅肉を取り除き、仏性を取り戻すダイエットなんです
合掌
カウンセリングなら六大燈へ


