イソップ物語に次のような寓話があります

コウモリとイバラとカモメが、一緒に商売をする事になりました

コウモリは商売の元手に銀貨を借りてきます
イバラは外套を仕入れ、カモメは銅を仕入れました

仕入れが済むと、それらを船に積み込み海に乗り出します

ところが激しい嵐が起こり船は遭難してしまいます
積み荷も無くなり、かろうじて命だけが助かりました

この時から、カモメはいつも波打ちぎわを見張り、
無くなった積み荷の銅が打ち上げはしないかと
常に番をするようになります

コウモリは借金取りが来るのを恐れ、昼間は隠れ、
夜になると餌探しに出かけるようになりました

そしてイバラは通りかかる人の着物を引っかけては、
それが自分の仕入れた外套ではないかと探すようになりました

多かれ少なかれ人の心にある執着心が起こす行動ですよね

失ったものをいつまでも追い求める愚かさについて表現したお話です

未練たらたら、いつまでも過去にしがみついた生き方をしていませんか?


空海曰く

「それ衆生は狂迷して本宅(ほんたく)を知らず、
三趣に沈淪(ちんりん)し、四生にりょう跰(び)す。
苦源(くげん)を知らざれば、還本(げんぽん)に心なし。」

(「大日経開題」参照)

<現代語訳>
「そもそも人々は狂い迷って(煩悩の執着心で真実が見えなくなり)
本当の住処を知りません

地獄・餓鬼・畜生の三趣の世界に沈みおぼれ、
胎生(哺乳類等)・卵生(魚類・鳥類)・湿生(虫)・化生(天人や地獄の衆生)
の四生に、生まれ変わり死に変わりして、彷徨い苦しんでいます

苦しみの根源を知らず、さとりの根本(本来の世界)に帰る心さえ起こりません」


貪瞋痴(とんじんち)の三毒といわれている人間の煩悩があります
 貪欲(むさぼり求める心)
 瞋恚(しんに=怒れる心)
 愚痴(無知でおろかな心)

多くの人間は、
これらの煩悩=執着心で真実から盲目になり、
自分中心の世界観でしか物事が見れず、
そしてそれが当然のことと信じて疑わない
そんな状況に陥っています

これを「無明(むみょう)」といいます

空海は、これらの解決策として、
さとりの根本に帰る最高の心の教えが「真言密教」である
と唱えているわけです

言うは易し、行うは難し

全ての煩悩が悪いといっているわけではありません

まずは、身近な「煩悩」の存在に気付き、それを抑え、
そして執着を切り離す訓練を、
少しずつでも実践していきたいですね!




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