今、また例の痛み


夢を見ながら、夢の中で痛がっていた


旦那が出かけていく音も聞こえていた


コワかった


首から肩のあたりが痛くなる


子供の頃、マラソンの時感じた痛みに似ている


冷たく乾いた空気を吸い込みながら


一生懸命走った時の痛みみたいなかんじ


肺なのか、心臓なのか、よくわからないが


突然なんのまえぶれもなく痛む


最初は、2年ほど前かな・・・


職場でこの痛みを感じた


軽くパニックになってしまい、周りの人にすこし心配をかけてしまった


半年に1回、3か月に一回、2か月に一回


間隔がせばまっているのだが、


その時に診てもらわないと・・・


先生も言いようがないだろう


このままどうにかなってしまったらどうしようと考えると


とてもコワくなる


何が何だかわからなくてコワいので


ネットで手当たり次第調べてみる


コワくなるばかりだ


友達が言った。インターネットってある種公害だ、って。


本当にそうだ、と思った。


キョウフをあおられる


たくさんの文字の画面に引き込まれ、


コワい言葉ばかりが、目に入り、どんどんどんどん


負のスパイラルに巻き込まれる


前回は、まだ真夜中には早い時間だったので、


友達に電話してしまった。


声で、生身の人と話して、気持ちが軽くなった


救われた。


今日はそれも、できないので書いてみた


この痛みがうまく言い表せないのも


キョウフにつながる理由のひとつだ





今夜も、花火の音が響いてる


今年はいつもと違ってる


S市民として、忘れちゃいけない、花火大会も


今年は、いつもと違ってた


毎年、スケジュール帳を新しくする度に


この日は、一番に曜日チェック、それぞれの勤務のチェック


書き込みしてたのに、


今年はなぜか、書き込んでもいなかった


予感でもないんだろうけど・・・


なぜか、空白のままだった


でも、離ればなれだったけど、それぞれちゃんと


今年の花火は観賞できた。


今年は、月がかなり明るくて、しかも花火の横に浮かんでた。


それはそれでまた、よい花火でした。


打ち上げ花火を見ると、私は泣く。


おなかに響く振動と、輪の大きさに圧倒されて、涙が出る。


S市の、女の子はみな、花火には良きに悪しきに、多かれ少なかれ


思い出があるはずだ。


私も、ある。


その昔、旅先の花火大会を楽しみ、


翌日、ウチに戻って地元の花火大会を楽しみ


またその翌日 日本有数の花火大会を県境の山境に楽しむ


なんてことをして、楽しんでいた。楽しませてくれていた。


その人は、今年、私の父のためにと花火を記録するよう、私に言った。


私より数段、気の利くいい人だ。


ありがとう。


今年も、花火は私を泣かせるのだ。




今までで、いちばんコワい思いをした

大病だと聞いても、

検査検査とあちこちの病院行ったりしても。

不思議と、不安は、感じなかった。

「寿命と病は違う」

この言葉が、胸の中にはっきりとあり、

それを、確信していた。

それは、元気な姿を見ていられたからだと思う。

手術は、できないかも、

移植が必要。

ほんとは、コワさのピークはここだったのに。

「手術長くかかるねんて」

母が、私に言った。

自他共に認める家族いちばんの、こわがりの私に、そう言った。

母も、この時は、泣きたかったのかな…

人間て、慣れることができるんだ。

悪いコトにも、良いコトにも。

しかし、この度は、なんだか少し心配だな。本人もなにやら、「この病気は侮れない!」などと、言ってたし。

でも、ヤッパリ「病と寿命は、違う」これも、変わらず私の中にあり続ける。

正直なところ、私の健康の方がヤバい!





Android携帯からの投稿