皆様、ごきげんよう。

 

声の波動ナビゲーターの橘明日子です。

 

 

 

 

最近、波動共鳴している人が増えています。

 

そして 

 

「この波動の出方はなんだろう?

 

この色には 宇宙と繋がる という意味があるんですが

 

もしかして・・・・」

 

と伝えると、

 

 

 

「はい。今もちょっとつながってる感じがしてます」

 

 

 

とおっしゃる方。

 

波動共鳴して、宇宙と繋がっている方も増えてきています。

 

 

 

声の波動診断では

 

12の思考タイプに周波数を分けて

 

ドからシまでの12音階に分けてあり色別しています。

 

 

たとえ、あなたが宇宙と繋がっていると意識ができなくても

 

実は繋がっているのです。

 

だって人間の周波数は540兆ヘルツもあるのです

 

これは、もう音ではなく光です。

 

神の領域になります。

 

 

 

 

あなたが、宇宙とつながると

 

一生懸命努力しなくても

 

欲しい物がすべて宇宙から、勝手にやってきます。

 

 

 

もちろん繋がるコツはお教えします。

 

 

 

そして、トーニングで、波動から揃えていきましょう。

 

 

 

波動が揃うと、宇宙とWifiが繋がって

 

ポンポン またですか? と思わず言ってしまうぐらい

 

引き寄せが起こります。

 

 

 

トーニングの方法と宇宙と繋がるコツ 知りたいですか?

 

 

まずは、あなたの心をみせてください。

 

 

 

宇宙と繋がっている人だったりして・・・

 

ああ!!

 

たのしみです。

 

 

 

皆様、ごきげんよう。

 

2月に大阪の友達と台湾に行くことにしました。

 

さー再会の旅の始まり!!

 

台湾と聞くとショービジネスを思い出しました。

 

演劇から、足を洗い コンピュータープログラマーの第一歩をふみだそうとしたときに

 

この仕事は飛び込んできました。

 

台北から台南へ日舞ショーのどさ廻りの旅!


 

役者根性がまだ残っていたので、こんなチャンスを見逃すことはなく

 

初出社を2週間以上おくらせて出勤した不届きものです。

 

理由は「父が倒れたので、出社できなくなりました。待ってください」というよくある理由。

 

そしてショービジネスといえば、藤壺さんを思い出しました。

 

藤壺さんは、私が習っていた地唄舞の先輩でした。

 

当時六本木で有名なニューハーフのお店のちいママでした。

なぜかかわいがってもらって、誕生パーティーに呼んでもらったりおうちに遊びに行ったり

 

していましたが、私が結婚することになり、披露宴をすべて彼女が取り仕切ってくれました。

 

ニューハーフのダンスショー、歌あり、ヌードショーありの結婚披露宴

 

出たことありますか?

 

出席された方々は、結婚式の披露宴ではなく

 

六本木のクラブの華やかなショーを見に来た気分になっていました。

 

それから、5年ほどして、藤壺さんは肝臓が悪くなり急死されてしまいました。

 

ショービジネスのプロフェッショナルだった藤壺さん。

 

お葬儀に出たとき、私よりもうんと歳上だと、甘えっぱなしでしたが

 

4歳しか年が離れてないことを知りました。

 

家族との確執、ショービジネスの過酷さ、美への執念、そして男の体と女の心。

 

闇の中で、一人泣いていた彼女の後姿を見たとき、彼女の心の苦悩を見た気がしました。

 

2018年が終わります。

 

過去にも私は 様々な方と出会い 素晴らしい時を分け合ってきました。

 

そして今年も まったく異なった世界の方々と多くの出会いをしました。

 

今年の最後を、大好きだった藤壺さん,

 

嫁ぎ先でずっと私をかばってくれた義理の母

 

9月9日に亡くなった私の愛猫ゲンと3年前に亡くなったもも

 

心から悼みます

 

2019年 夢を達成すると誓います

 

まずは、台北に再会の旅に出かけます。

 

 

皆様 ごきげんよう。

 

旅に行きたい病が日増しに強くなってきています。

 

今日は、旅行サイト見てたらギリシャ サントリーニ島を見つけました。

 

28歳の時一人で行きました。

すごくおデブさんになっていたのに、胸の谷間もあらわで短パンはいて

 

まー、ムチムチのBodyでロバに乗って、

 

ロバ引きのお兄ちゃんが島を案内してくれました。

 

泊まるとこも決めないで、突然あまりの美しさに予定変更して船を降りて!!

 

ロバ引きのお兄ちゃんに泊まると来ないかと尋ねて、通じてるかどうかもわからず

 

ひょっとして、どこかに連れ込まれるんじゃないかと、大胆すぎる服装の割に

 

ドキドキしながらロバに乗って引っ張られてたのを思い出しました。

 

民宿!! いいおじさん おばさんだった。

 

翌日、小さな岩場で誰もいないから、水着もないけどあまりにも透き通って

綺麗な水だったので、ブラとパンティになって飛び込んだ!!

 

そしたら岩場の上の方で数人の人の声。

 

「まずい!!みつかる」と思い思いっきり潜水!!

 

しようとしても、まったく沈まず、お尻が水面に浮きあがったまま

 

顔だけは水中に沈んだまま人々の通り過ぎるのを待ちました。

 

あーなんたる、失態!!嫁入り前の娘のすることではなかった。

 

しかしどこの誰が、私のお尻を眺めて、笑いを堪えながら旅の思い出にしたかは

 

知らないので、旅の恥はかき捨て!!

 

約37年前に、ギリシャ サントリーニ島

 

パンティはいた浮き上がったままのお尻を見た方がおられましたら、お知らせください。

 

もう、再会はございませんが、大笑いいたしましょう。

 

たとえ、潜水に成功していてもあの透明度は全部お見通しでしたね。

 

ギリシャもまた行きたい!!

 

どなたか、一緒に行っていただけませんか?

 

もう、ロバに乗って無計画に歩き回る勇気もないし、一人旅は寂しい。

 

付き合って、だれか!!

 

 

皆様 ごきげんよう。

 

私は、1980年から1982年 約2年間 南アフリカ共和国のケープタウンに住んでいました。

 

ざっと39年から37年前の話です。

 

当時はアパルトヘイト政策 つまり 

 

分離、隔離」を意味する言葉で、特に南アフリカ共和国における白人と非白人(黒人インド

パキスタンマレーシアなどからのアジア系住民や、カラードとよばれる混血民)の諸関係を規定する人種隔離政策のこと (Wikipedia から)

 

この政策の下 日本人は黄色人種、アジア系住民でありながら経済大国だったので

 

「名誉白人」"Hornarable Whoite"と呼ばれて、白人として扱われていました。

 

私は、日本人女性で初めて南アフリカ共和国で労働許可書を与えられて仕事をしました。

 

ある、日本人起業家の通訳秘書だったのですが、実はたいして英語が上手ではないのに

 

その当時、南アフリカくんだりまで通訳としていく人がいないことをいいことにまんまと

 

この職を得たのです。

 

もちろん、この英語力でビジネスの通訳、接待の通訳をし続けるのは、

 

並大抵の苦労ではありませんでした。

 

誰がって? 社長がですが。

 

私も、一応「耳と口」にだけなるよう集中し死に物狂いに(ふりだけですが)勉強しました。

 

昔から楽観主義、楽しいことだけにしか興味がなかったので、

 

私としては、とても楽しい日々を送らせていただきました。


 

ケープタウンのシーポイントという、海に面した丘状に広がる海が一望にみえる

 

高級住宅街に住んでいました。

 

新宿のクリスマスイルミネーションの街を見ていて、

 

急にケープタウンの真夏のクリスマスを思い出しました。

39年前のシーポイントの写真。なかなかたくましい私です。

 

今に比べれば、やはりビルの数は少なく低いビルが目立ちますが

 

はるかに見えるテーブルマウンテンと海沿いの眺めは

 

あまり変わっていないような気がします。

 

この界隈で、東洋人の姿は日本領事館の方と日本商社の方だけでした。

 

日本人の奥様方もいらっしゃったので、女性もいらっしゃいましたが、

 

仕事している日本人女性は私だけでした。

 

あー懐かしい!!

 

私の夢の一つに、

昔訪れた、国や、街を歳をとったら再度訪れて

 

懐かしい人々に再会するというのがあります。

 

来年は、南アフリカへいこうかなー。

 

アパルトヘイトもなくなって、多くの変化があった国。

 

ケープタウン シーポイントのあのおうちはあるだろうか?

これから、再会の旅に出かけよう!!

 

 

皆様 ごきげんよう。

 

 

先日、12月に入って最初のクリスパーティーがございました。

 

 

約18年前ぐらいから3年か4年ほど通った英会話の学校の仲間が集まりました。

 

私は、最高齢ですが、27歳だったお嬢さんでも、すでに45歳ですから、

 

月日の経つのは本当に早いですね。

 

 

そこでの話題は

 

お子さんの教育と親御さんの心配。

 

 

仲間の一人のお母さまが昨年暮れに癌で8ケ月ほどの闘病の末亡くなられたそうです。

 

私も、5-6年前に一度ご一緒にお芝居を見に行ったことがあり、訃報をうかがって

 

大変ショックでした。

 

お母さまは、大変健康を意識していらっしゃって、〇キ〇ルーンを常時頂いていて

 

健康診断は必要ないと行かなかったそうです。

 

 

息子である、友人は、早く健康診断を受けて早期発見していれば

 

こんなことにはならなかったのにと、無念を訴えられていました。

 

 

残されたお父様。頑固の塊。

 

男親が一人残るのは、本当に大変です。

 

息子さんは、仲が悪くても、結構離れた実家まで

             よくお父さんを見に通っているそうです。

 

さあ、皆様の親御さんはおげんきですか?

 

一緒に住んでいるのですか?

 

親御さんは、お二人で住んでいらっしゃいますか?  それとも一人で?

 

 

親は、子供に迷惑はかけたくないとかたくなに思っています。

 

そして、慣れ親しんだ環境を変えたくないとも、おもっているはずです。

 

でも、寂しいし、常にいつ・・という不安は抱えています。

 

私は、以前から独身仲間3人と、老後は一緒に住むというのが夢でした。

 

私と仲間だけのシェアハウス。

そこに外国人の学生さんも入ってもらおうと思っています。

 

やっぱり、若い人がいないと、不安ですものね。

 

でも、多額の費用がなければ実現できません。

 

老いた3人の仲間と、幸せに暮らせるために

 

まだまだ頑張らなくちゃです。

 

ほんとは、猫も飼って、私はひょいひょい海外旅行に出かけて

 

私が留守の間、同居人の仲間が猫を面倒見てくれたら最高!!