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野口美恵
四大陸選手権で優勝した宇野だが、練習不足で達成感は少ないと言い、
「このモヤモヤは世界選手権にとっておきたい」
フィギュアスケート男子の宇野昌磨が、万全の調子ではないなか四大陸選手権を制した。ショート4位の出遅れから、渾身のフリーで逆転。最大の収穫は「勝利への意欲」だ。
* * *
米アナハイムのホンダセンターが何度も揺れた。フィギュアスケートの四大陸選手権は、男女ともにフリーでショートの順位が大幅に入れ替わる大激戦。フリーは1人滑るたびに、大きなため息とスタンディングオベーションが繰り返された。
男子は大会前から激戦が予想されていた。例年スロースターターの中国の金博洋(ジンボーヤン)(21)は、昨年12月の国内大会で4回転を計5本決め、300点超え。米国のヴィンセント・ゾウ(18)は1月の全米選手権のフリーで4回転3本を決めて2位。
しかし調子を上げてくるライバルたちとは裏腹に、宇野昌磨(21)は12月の全日本選手権で痛めた右足首の捻挫が再発し、苦しんでいた。
「全日本選手権のあと10日ほど休養したが、練習したい気持ちが先走って4回転サルコウを練習し、疲れがたまっている翌日にバキッとやってしまいました。足が熱くなって立ち上がれなくなっていました」
その後また休養を挟んで練習を再開。今度はジャンプで転倒し、自分で右足を踏んで痛めた。
「歩くと痛くて、ジャンプはこらえられない。まずは我慢して、米国入りしてからゆっくり調整しよう」
もちろん、痛みがあることは外部には明かしていなかった。
「不安はありました。でも焦ったり、落ち込んだり、機嫌が悪くなったりしてもプラスにはならない。前向きに明るく過ごそうとしました」
そんな宇野の心の支えになったのは出水慎一トレーナーだった。五輪シーズンから帯同し、宇野の体の状態をピタリと言い当てる。昨年12月にもこんなことがあった。
「昌磨は関節がもともと柔らかいし、今まではアップもクールダウンもしなかった。でも21歳になると疲れもたまりやすく体が変わるから、来季はウォーミングアップを取り入れるよ」
出水トレーナーはこう語っていた。実際、宇野は12月17日に21歳になった5日後、全日本選手権で怪我をした。かたくなに「アップはしたくない」と言っていた宇野だが、「自分が心を許した人の言葉は聞きます」と言って、1月からは氷に乗る前に約30分のウォーミングアップを取り入れるようになった。
迎えた四大陸選手権。もともとは練習量が多く、「練習の成果を試合で出す」ことがモチベーションの宇野にとって、気持ちが定まらないままショート本番を迎えた。すると4回転と3回転の連続ジャンプをミスし、91.76点で4位発進となった。
「練習してこなかったので、悔しいと言う権利もない。これがいまの実力」
フリーに向けた意欲が湧かず、意気消沈していた。
その夜、変化があった。試合後のマッサージを受けながら、4位発進でも悔しさが湧き出ない自分の気持ちを出水トレーナーにこぼすと、こう言われた。
「選手をやっていて1位がないのは寂しいよ。昌磨には世界選手権で1位になってほしい。その方針でこの1年やってきた」
順位にこだわらないことをモットーにしてきた宇野。その言葉にハッとした。
「1位を取ることは、自分のためだけじゃなくて、周りの人のためにもなるんだ」
2日後のフリーでは、ベストを尽くそうと気合を入れた。
「いろいろな言葉を考えました。気合、どんなジャンプも降りてやろう、自分を信じる、攻める、できる。最後、氷に立ったときにいろいろ考えてきた思いが消えて、無心になりました。それがよかったと思います」
3本の4回転をすべて成功すると、連続ジャンプで小さなミスがあっただけのパーフェクトに近い出来。フィニッシュポーズをとった瞬間、そのまま氷に崩れ落ちた。
「寝転びたいくらい足の裏がしんどかったんです」
フリーの得点は197.36点で、今季世界最高点を更新する。総合289.12点での逆転優勝だった。会見でこう質問された。
「主要な国際大会では銀が続いていた。シルバーコレクターを返上できたか」
すると意外な返事をした。
「いつも結果にこだわらないと言ってきましたが、優勝できたことはうれしいです。世界選手権に向けてたくさん練習し、なおかつ勝てるようにしたい」
シニアに上がって初の優勝宣言だった。その心境をこう語る。
「僕は順位を言うことは珍しいのですが、自分のなかから『優勝したい』という思いが強く出て、言葉が出ました。結果にこだわった試合をしてもいいかなと。これまでも1位を求められている自覚はあったけど、自分の満足いく演技という気持ちのほうが強かった。世界選手権は、僕を支えてくれるみんなのために感謝の気持ちを込めて練習して、1位になりたいです」
世界選手権まであと1カ月余り。憧れであり、いつか超えたい存在の羽生結弦(24)も参戦する予定だ。グランプリファイナルで2年連続の優勝を奪われた米国のネイサン・チェン(19)もいる。対決が楽しみか、と聞かれるとこう答えた。
「今季は楽しいという気持ちを持たないようにしています。楽しいと思えば緊張しないけれど、それは挑戦する立場だから。僕だって、いつまでも追いかける立場ではなく追われる立場だということを考えて、その中で集中することをやりたい」
最後に力強く言い切った。
「すべてのジャンプを成功させるのが優勝への条件。今回のフリーで『自分はできる』と思い込んだあの気持ちを再び思い出せば成功する」
(ライター・野口美恵)
※AERA 2019年2月25日号より抜粋
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