秋に泥沼にはまってからというもの、心の許容量が一気に小さくなってしまった。(もともと、だいぶ小さいが・・。)

 

問題が一つあると、そのことで頭がいっぱいになってしまう。

ましてや今は、仕事を始めたばかりで、常時その不安を抱えている。

他の問題が起こると、小さなことでも目いっぱいになってしまい、感情が暴走してしまう。

 

昨晩、そんな状態に陥った。

朝から、息子の習い事で、ちょっとした問題提起があった。

別に急いで対処しなければいけないことでもない。

それなのに、一日そのことが頭から離れない。

 

家事が手につかない。

モノの優先順位がつけられない。

その日に予定していた事柄も上の空。

気持ちだけが空回り。

落ち着こうと思って人に電話するが、それすらもアワアワした状態でしているので、相手の都合が見えていない。今、このタイミングじゃなかった。切った後に、申し訳なくなる。

子供にもイライラする。

時間だけが過ぎていく。

わかっているのに、スマホに依存。どうでもいいようなページを流し見しながら、逃避。

ああ、まずい。買い物にも行ってない。

あれもやらなきゃ、それもやらなきゃいけないのに。

ああ。

ああ。ああ。

 

どかーーーん。

 

てなかんじ。

 

一人で、車に乗って買い物に行き、夜のスーパーの駐車場で泣いた。

(結構、私あるある。)

 

 

 

その時に思ったのが、「誰も私を知らないところに行きたい」だった。

 

で、「誰も知らないところ」に行って、どんな自分でいたいと思っているのかとさらに探ってみると、

 

「素晴らしい大人」じゃない自分、だった。

 

私は、自分のことを誰も知らない場所で、

 

きちんとしていなくて

ちゃんとしていなくて

しっかりしていなくて

不愛想で

根暗で

自分勝手で

周囲の目なんて気にしない

 

そんな自分になりたかった。

 

 

 

 

 

あれ?

 

 

 

 

・・・なっているじゃないか。

すでにもう、その自分じゃないか。

 

あとは、「今、ここ」でも、そんな自分でいることを許可できれば、誰も知らない場所に行かなくてもいいじゃないか。

 

なんか、泣きながらちょっと笑えた。

 

結局私は、

 

いい年をした大人だから。

子供たちの母親だから。

夫の妻だから。

あのうちの娘だから。

 

もっと「きちんと」「ちゃんと」「しっかりした」、明るくキラキラしている人物にならないといけない!!と自分の首を絞めているのだ。

そして、現実とのギャップに悶える。

いい加減、手放せ・・。

 

 

 

ちょっと笑ったら、いささか元気になり、今晩は「いい母親になれないこと」に罪悪感を抱くのはやめようと思った。

うちで待っている団子三兄弟のために、スーパーで冷凍餃子を2パック購入した。

 

相変わらず散らかった家に帰り、作ってあった豚汁を温め、冷凍餃子を焼いた。

長男が、「この餃子がうますぎる!!」と、なんだかやけに感動していた。