今日、久しぶりに友人に会いました。
昨年3月まで、一緒に働いていた看護師さん。
お互い忙しかったり、コロナ下でもあり、退職してから会うのは初めて。
1年以上ぶりです。
今もまだまだ油断できない厳しい状況ではありますが、
きちんとコロナ感染対策をされている近所のカフェのオープンスペースで、
ふわっと暖かい春の空気を感じながら✨
オーガニック野菜のランチタイムを楽しみました。
友人は今も訪問看護のお仕事をしています。
いろんなお話をしましたが、そのなかで
昨年がんがみつかって、今年2月に亡くなられた女性の話になりました。
彼女が脳梗塞を発症した13年前から、わたしも、リハビリのお仕事で関わらせていただいていた女性です。
人生の終末の時期に、友人は彼女と関わって
「あの人は本当に気丈な人やったね」と。
体は本当にもう苦しくなりつつあるときにも、しっかりと人と対応されていたというのです。
「なんでそんなふうに強くいられるの?」と尋ねた友人に、
彼女の答えは
「わたしはずっと檻のなかに生きてきたから。」
半身まひの後遺症で、それまでできていた生活ができなくなった。
少しの助けで、身の回りのことは時間をかけたら自分でできるけれど、
一生その体で生きていくことになった。
13年前にそうなってしまったことのほうがずっとショックであり、
「がんと宣告されたことはそれほどショックじゃなかった」と。
わたしは、彼女の言葉がショックでした。
まひがあって不自由があっても、
わたしに見えている彼女はいつも元気でタフだったから。
彼女の人生は、「檻のなかに生きている。」
そんな気持ちだったんだ。ということが。
がんの余命宣告は、彼女には
檻から自由になれること を意味したのかもしれない。
余命わずか数か月のなかで、
残される家族のために
自分の身の回りの整理をきちんとしていったそうです。
わたしは、また彼女から教わりました。
外から見えているものは、その人を表しているけれど、
内心はもっともっともっと深ーーい・・・
深すぎて、なかなか見えてない。
そして
自分の体がどんなでも、心のなかがどんなであったとしても
そのうえで どういう態度で生きていくのか、はその人が選んでいる。
ということを。
亡くなってからなお、彼女が教えてくれていることを
心にとめて生きていきます。