昨日、訃報が来ました。

 

「母が癌でなくなりました。大変お世話になりました」

と娘さんからのメール。

 

その方は、13年前、わたしが理学療法士になって働き始めた最初の年に、脳梗塞で入院されました。麻痺の障害が残って、退院された後も、自宅にお伺いする訪問リハビリで関わらせていただいてきました。

 

本来は患者さんとの関係なので、私的にお付き合いすることはないのですが、その方とは長いお付き合いのなか、昨年3月にわたしが病院を退職する際に、メールの連絡先を交換したのでした。

その後、わたしの再就職や家族のことなども心配してくださるメールを時々、くださっていました。

「いつでも遊びに来てね」「顔見にいくよ」

と気さくに言ってくれていましたが、コロナ下の状況のなか、あえてお会いするのは控えたほうがいいと思っていました。

最後のメールは12月のクリスマス。

その時も、お互い元気を確かめ合うメールでした。

 

そして昨日・・・なんで???

 

わたしは元気でタフな彼女しか知らない。

 

50代前半で発症された彼女は、女手ひとつで一男二女を育ててこられました。

それまでしてきたお仕事も好きだったようで、子育ても家事もお仕事も、一人何役もてきぱきとこなされてきたようでした。

病気になって彼女の左手はほとんど動かなくなりましたが

不自由になった自分の身体にも一生懸命向き合ってこられました。

身の回りのことにも、娘さんたちに少し手助けしてもらうことが必要になりましたが、娘さん息子さんのことをいつも心配されているお母さんでした。

そして「働きたいねん。この手が治ったら働くわ」が口癖でした。

 

 

遅れて参列させていただいたお通夜。

喪主の長男さん。

思ってたより若くて色白な、彼女の最愛の息子さん・・・

わたしは、息子さんにお会いするのは初めてでした。

 

そこで聞いたことは

昨年10月に癌が見つかり、その時点で余命10か月と言われたそうです。

それから、まだほんの3か月ちょっと。

つい先日も「がんばる!!」と言っていたのに、ほんの数日で急変したそうです。

 

「最後に会ってもらえてよかったです」と言ってくださいました。

わたしも、ご連絡いただけたこと本当にありがたいと思いました。

 

でも、できたら・・・

元気なお顔の彼女に、もう一度お会いしたかったなぁ。

 

 

娘さんは長男さんやご家族に、わたしのことを

「一番お世話になっていた、一番大好きだったリハビリの先生」と紹介してくださった。

とても嬉しい言葉でしたけれど

 

いいえ、わたしのほうこそ

 

明るく、まっすぐな彼女を通してたくさんのことを学ばせていただいてきました。

13年前の新米リハビリの時も

それから、その後もずっと

一人のひととしてどうやって生きていこうとするのかということを。

 

 

心からご冥福をお祈りします。

 

 

 

そうして今、思うことは

 

大切な人と会うことは、先延ばしにしないほうがいい。

 

もし、会えるのなら。