白洲の兄は、京都帝大から、無試験でオクスフォードに進学したものの、自らの裕福な出自とロンドンのスラムとの間に、ギャップを感じ、スラムを渡り歩くようになる。そして、早くに亡くなってしまう。
弟の次郎は、勉強はできなかたっが、イギリスに留学、猛勉強の末、ケンブリッジに合格。その後GHQと渡り合い、政財界で明に暗に活躍したことはよく知られている。
二人とも、資本主義に翻弄されて生きたが、兄の方が不幸だったかというとそうは思われない。負けん気の次郎にとって、GHQは好敵手だったかもしれないが、ずいぶん、嫌がらせもやられたようだから、辛いこともあったろう。ゴルフは、そういった浮世の苦しさを忘れるためのはけ口だったのかもしれない。
勉強嫌いだったといわれる次郎だが、付き合いは、文士などとたわいもない話をするのが実は好きだったようにも思える。