そして今日も親子丼と踊る

そして今日も親子丼と踊る

飲食業で社員始めました。
傷だらけになりながら、もがきながら、頑張ってます。

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就職して、働き始めて本当に良かったと思う。

いろいろと勉強になった。
ポジティブな部分も、ネガティヴな部分もひっくるめて、様々なことを経験ができたし、

それを成長と呼べるかどうかはともかくとして
前とは違ったものの考え方・感じ方もできるようになったと思う。

ただやはり、
「今自分が立っているこの場所は、果たして自分の命を燃やして働くべき場所なのか」という問いは常につきまとう。

人はみな働く。
さまざまな思い・背景があり働く。

その中で、僕はやはり「仕事」を「生計を立てるためだけの手段」と割り切ることはできない。

そう割り切ってしまうには、人生の中において「働く時間」が長すぎる。

そこに僕は「生きる意味」のようなものさえ求めてしまう。

…とても眠い。
今はただ眠る。

ご無沙汰しております、ばんびです。


現状、誰か読者がいるわけでもありませんが……笑



しばらく間が空いてしまいましたが、久しぶりにこの場を借りて、

自分が仕事に対して思うところ・感じるところを一度振り返ってみようかぁと思います。




ホールに出たいなぁと思う最近です。

決してキッチンが嫌いなわけではないのですが……


僕は「見えてないけど、自分の仕事はどこかで誰かの役に立っている!だから熱意を持って……!」

というタイプでは、やはりないようです。


またあるいは単純にどんくさいがゆえ、

「向いていない」と言ってしまえば安易に言い切って逃げているようですが

じっさい「得意分野ではないな」と最近感じています。


もちろん、その中でも一生懸命頑張ってはいますが……


目の前のお客様のために心尽くして、自分の精一杯を捧げる……

そういう仕事がしたいなと、改めて最近感じています。


「隣の芝は青く見える」と、そんなところがあるような気がしなくも無くは無いですが


「ホールに出たい」

今はこの気持ちの出所がもっと前向きなところからであると信じています。




もう一つ。少し違う話題で。


最近、働くことの意味っていうのが曖昧です。笑

あ、だから「働きたくない」と、そういうことではないですよ。笑


ただ、確実で美しい“答え”を求めすぎて、

考えすぎて、余計わからなくなってしまったといいますか……苦笑


今僕は、来年入社してくる後輩のために研修を考えています。

「モチベーションの保ち方」に関して、簡単な研修(お話し)をして欲しいと頼まれまして……


僕はその中で、

「 『やりたいこと』と『やるべきこと』と『できること』のバランスを取っていくのが大切だ 」

と、そういった旨のことを話そうかと考えていたのですが……


なんか、、、「つまんねぇなぁ」と。笑


うーんそもそも僕が人に「こうあるべきだよ」って説くってこと自体向いてないんですが、

「外から求められることに対してもある程度自分の中に落とし込んで、受け入れていくことが必要」っていうのが、なーんかしっくりくるようで、しっくりこないといいますか。


「少し前の自分なら絶対言わないだろうな」って感じですし

この変化は「成長?順応?妥協?それとも毒されてるだけ?」って感じです。


働くことの中に前向きなものを見いだそうとしている自分を、肯定したい一方で

働くことの中でしか生きられなくなっているのではないかと、少しばかり冷めた考えもチラついてしまうこの頃なのです。

同期がまた一人辞めるそうです。

まぁ理由を聞く限り、後ろ向きな理由だけというわけでもなさそうなのですが。



僕自身、この入社してから8ヶ月、いろいろなことがあり、

その度、決して「前向きな感情」だけを抱いて過ごしてきたということはありません。

とてもつまらない言葉にしてしまえば「辞めちゃいたいなぁ」なんて頭をよぎる事もありました。


でも、そうしたつまらない誘惑に流されそうになった時、ブレーキになるのはいつも

「過去の誓い」です。



「この会社ではこんなことをしたいんだ!」

「何年かけて、こんな人間になりたいんだ!」

「生涯を通して、この夢に向かってとりくんで行きたいんだ!」


僕はこういった様々な夢や希望を周囲の愛すべき人たちの前で語り、

また自分自身とも「こうやって頑張っていこう」と誓いました。


それをちょっとやそっとのことで「やっぱ思ってたのと違ったんで辞めまーす」って言ってしまうのは

かっこつかないというより、嘘をついたみたいで僕としてはなんか嫌なんです。


「僕は飲食業が好きだから!」「居酒屋で、この会社でこうやって頑張っていくんだ!」

って友人たちや先輩たちの前で、顔を輝かせて語っていた自分は、一体なんだったんだと…そうなってしまうのは嫌で。



歩き出して気づいたことは、決して前向きなだけではありません。


でも、自分自身が「ここが自分の歩む道」と決めた道を

信じて進むことしか僕にはできません。