「ありあまるほどの、幸せを」 274 | 空に揺蕩う 十時(如月 皐)のブログ

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「――――ッッ!」

 

 ブワリと身体が浮いたような錯覚に襲われて、アシェルはハッと息を呑みながら飛び起きた。呼吸が荒くなり、バクバクと心臓が激しく脈打っている。

 ボンヤリとした視界に胸の内で首を傾げながら、自らを落ち着かせようと水差しを探して視線を彷徨わせた時、寝台から少し離れた場所に水色のドレスを着た母の姿が見えた。

「お母さま?」

 呼べば、母は優しい笑みを見せた。一歩、一歩と近づいてくる母の、久しぶりに見た穏やかな顔に何故だか泣きそうになる。

『アシェル』

 母が名を呼ぶ。求めるように手を伸ばせば、母はそっとその手を握ってくれた。

「お母さま……、お母さま……。僕は」

 ちゃんと約束を果たせましたか? それを聞きたいのに、何故か言葉にできず口ごもってしまう。母と約束したものが何であったか、どうしても思い出せない。とても大切なものであったはずなのに――。

『いいのよ、アシェル』

 わからないのだと顔を歪めがアシェルに、母は優しい声音で許しを与え、そしてその身体を抱きしめた。優しい温もりが懐かしい。

『ありがとう、アシェル。お母さまとの約束を守ってくれて。よく頑張ってくれたわ。もう充分よ。――もう、良いの』

 約束だと泣いた母の許しに、知らずアシェルの瞳から涙が溢れ出た。

「お母さま……ッ」

 ボロボロと幼子のように涙を零すアシェルに微笑んで、母は少し身体を離すとその涙を優しく拭う。