「ありあまるほどの、幸せを」 250 | 空に揺蕩う 十時(如月 皐)のブログ

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「お兄さま」

 あまりに熱心に見つめていたからだろうか、フィアナがアシェルの肩をポンポンと叩きながら兄を呼ぶ。ハッとしてようやく視線を向けたアシェルに、フィアナは嬉しいような面白くないような、複雑そうな笑みを見せた。懐から何かを取り出すと、それをアシェルの手に握らせる。

「エルピスに会いたかったのも嘘ではありませんけれど、今日はお兄さまにこれをお渡ししたくてお呼びいたしましたの」

 なんだろう、と首を傾げながらアシェルは己の手に握らされたものを見つめる。掌より少し小さい、円形のそれ。カチッと飾り彫りが施された銀の蓋を開けば、美しい時計盤が現れた。

「これは、ただの懐中時計ではありませんの。こうすれば、ここが開きますわ」

 フィアナは懐中時計を裏返すと、裏面の窪みに爪をひっかけた。どうやら裏面もまた蓋になっていたようで、ちょうど時計盤の裏にあたるだろうそこに視線を向ける。アシェルは思わず目を見開いた。

「これは……」

 そこには第一連隊の隊服を纏ったルイの肖像画があった。肩のあたりまで描かれたそれは腕のある絵師によるものだろう、絵だというのにルイ本人にそっくりだ。

「こちらの事情でお兄さまにはあの式典で婚約していただきましたけれど、ロランヴィエル公はちゃんと釣書と肖像画を用意して、ラージェンの許可が出たら婚姻を結びたいと使者を向かわせようとされていましたのよ」

 貴族同士の結婚は親が決めることが多い。そのため子息令嬢の肖像画を用意して、舞踏会やお茶会などで話が少し纏まったら釣書と一緒に相手へ送るのだ。どうやらルイもそれに則り、肖像画を用意していたらしい。