東京オリンピックのメインスタジアムがその過剰な予算で揺れている。2004年7月、アテネオリンピックが始まる直前、北京のメインスタジアムの建設も全面ストップがかかった。

2004年になって、北京にいた自分は雇ったばかりの音響システムエンジニアとたびたび中国建築設計院に呼び出された。この設計院はスイスのデザイン会社、ARUP社とともにメインスタジアムの建築設計を行っており、問題は屋根の重量だった。音響システムは屋根の開閉によって音響効果が大幅に変わってしまう。また屋根の内側に使用される半透明の膜素材は音響にとっても難しい課題だった。未知の素材に仮想データを入力し、音響効果のシミュレーションを何度も行った。

当時メインスタジアムの収容人数は10万人、大会時には臨時で2万人のシートを増設することになっていた。

屋根が重いんだ、音響はもっと軽くならないか?

この規模だと最低数百というスピーカーと付帯設備が屋根に据え付ける必要があるし、開閉開式の時にはさらに追加の設備、照明や舞台装置だって屋根に追加することになる。音響だけの荷重で今からそんなこと言ってて大丈夫か?

会議相手の中国人設計者は高圧的で終始いらいらしていた。
お金さえかければできるよ、といった雰囲気の外国人デザイナーやエンジニアが取り巻く中で、若い中国人設計者が一心不乱に電卓をたたき、CAD図を何度も見返していた。だから計算しているんじゃないか!!

私たちは最終的に全体をデジタルネットワークでつなぐ音響システムを構築して、音響効果をデジタル制御し、同時にコンパクトで遠くまで届くスピーカーを開発しなければならないことを提案し、数ヶ月続いた設計院との会議を終えた。

その頃オリンピックの前哨戦で入札に参加していた中国天安門の人民大会堂に隣接して建設されている国家大劇院(グランドシアター)もその建設が止まっていた。同じデザイン会社が設計したドゴール空港が倒壊したのである。オリンピックのメインスタジアムも同じ問題があるのではないかという噂が流れ、中国を代表するシアター、そしてメインスタジアムの建設が止まった。

そこからどういう話がされていたのか伝えられなかったが、アテネオリンピック大会を挟んで、1ヶ月ほどして、屋根を取り払い、収容人数を10万人から8万人に縮小したデザイン案ができあがった。視覚的な効果はほぼ変えずに、大幅なコストダウンを図る案に変更され、2004年12月再び建設が再開した。

この空白期間で結局完成は2008年3月までかかったが、よく間に合った。屋根の上には複雑な鉄骨構造を溶接する技術者が常時1000人いた、と言われるし、私も建設中に屋根の上にあがった時に見たのは無数の半自動溶接機だった。

東京のメインスタジアムで関係者が焦るのはよくわかる。少なくともこの年末からは建設できるように詳細設計ができていないと、2019年のラグビーのワールドカップには本当に間に合わないからだ。2大ゼネコンで手分けして取組んでもおそらくかなり大変だと思われる。

「新国立」という名前は北京オリンピックのメインスタジアム「国家体育場」同様大変な重みと責任がある。見直しするにしても、そのまま強行するにしても、本当にもう時間は残されていない。