なんか今日は「とくのしん」らしくないなあ…


いやね、部屋の机の上に古い新聞のコピーがあるんだよね。


なんとなく目に入って、いろいろ考えてたら、その記事の主人公こそ、俺の自慢でもあり、だからプレッシャーもすごく感じる存在なんだな、て改めて感じたもんで。



ま、早い話、オヤジです。

2003年の6月の読売新聞の地方版で取り上げられたんだよね。



はいっ、人の自慢なんて嫌だ、て人はこれまでで。


1965年だから俺が生まれた翌年だね。
当時の私立高って県立落ちた受け皿でしかなく、大学受験なんて…て時代だったらしい。


そんな時にオヤジ様、県内初の「特別進学コース」なんてのを作っちゃったんだと


教師の間でも「生徒間の差別に繋がる」て異論も出たみたいだけど「スポーツでも進学でも、目標があるなら手助けするのが教師の役目」と説得したらしい。


たしかに凄かったよ。


小学校から帰った俺の遊び相手、学校終わってウチに勉強しにくる生徒だったもんな。


よく「痛っっっ」とか「ぎゃっ!」とか聞こえてたよ。

今なら体罰だって訴えられかねない鬼教師だったもんな。


もちろん俺も高校3年間は彼の最低最悪の出来の悪い生徒だった。


あぐらかいて座ってるでしょ。で、答え違ってたりしたら太ももに乗ってくるわけだ、オヤジが!


勉強だけじゃなく、とにかく熱心な教師だったな。


考え方の違いから大喧嘩したことも何度もある。



俺が独立して商売する、て時に「俺は人に頭を下げることができない。それだけはお前に負けた」と言ってくれたのが、今までの最高の誉め言葉かな。

ま、その商売も失敗して連れ合いにも逃げられ、奈落の底に、て人生なんだけどね。


男にとって、オヤジの存在でかいよね。俺なんて、死ぬまで越えられない、て思うもん。


そんなオヤジも年とりゃ気弱になったり、体でも悪いとこでてきたり。


プレッシャーてそこなんだよね


オヤジを越えるとかそんなんじゃなくて、老いてくオヤジをどうすりゃいいのか…


やっぱりデカイ存在なだけにプレッシャーもでかい。


何年か遡れたら、やり直せたら、もうちょい孝行できてたな、て思うことだらけでさ。



なあ、オヤジよ。
一緒になんて住みたかないだろ?

でも近くにいたらこんな俺でも安心か?


手術終わったら、一度真剣に話しような。



俺にすりゃ、今までで一番プレッシャーかかる話だけどな
昨日、久しぶりに会えた友人のこと書いたよね。


もし、競馬行ってたら遠慮して会ってなかっただろうな、て思うとそこに何か感じちゃう。


去年の夏、毎週のように小倉競馬場の3階の中華料理屋の前に陣取り、あちこち走りまわったり座ったままビール飲んだり…

そんな仲間と知り合えたのも、この場があったから。

もっとたどれば、自分がジューダのデビュー戦を見に仁川に行ってなければ、去年の夏の、あの仲間たちにも会えてなかったんだよね

南関中心に神出鬼没に飛び回る彼にも、ある産駒を中心に地方含めて追い掛ける彼女にも。

わざわざ遠いところを見舞いに行く、と言ってくれてる人や、荒尾で知り合えた大切な人たち。


まだ会ったことないのに、まるで古くからの知り合いのように感じる人たち…



人の縁~えにし~とは目に見えない。

だからこそ大切にしたい。

今日、耳にした「いい言葉」でした






てことで、みなさんぜひご投票を。

でもって、地道だけど地方競馬の存在価値、存続の意義などを一人でも多くの人に理解してもらいましょうよ。


いつも、何度も書いてるけど、JRAだけ盛えるなんてことは有り得ないんだから。