昨日はよしひめ会の例会


本格始動を目前に、さまざまな内容のことを、つめていかぬばならず、同時に、あらたな議題も次から次へ…


そんな中、幾度となく夢の中へ引きずり込まれた自分。


会長、副会長はしばらくは激務においまくられたることはわかっては、いたのだが…


会の進行方法そのもの改善の余地はあるようだし。

俺が寝て止まった議題もあったのかな?






その中で、名誉会長の吉田隆二が発した言葉


「犬も馬も、殺処分なんて、あったらいけないんだよ。」





まだ、はっきりとした数字はだせてはいませんが、荒尾から他場へ移籍した競走馬の廃馬処分が増えてきています。





大変困難で、我々素人の集団では、そんな馬たちを救うことは大変困難なことです。





今日も、救われた、あるいはひきとられた馬たちに会いに、南阿蘇へいってきます。










馬たちに癒され、よしひめ会の激務に立ち向かわなきゃね、肥後馬さん(笑)




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3月30日午前3時18分


今年は実家の2階で布団にくるまって迎えた。

夢すらみない、熟睡だった。



2007年の3月30日未明は、当時住んでいた広島のマンションの部屋で電話をしていた。


途中、親父からキャッチが入ったが、
間に合わずかけなおした。

時間も時間なので、心中穏やかでないが、何度電話しても繋がらない。



やがてきたメール



「お母さん亡くなった」



そう、昨日は母の命日だった。

なにをおいても、この日は実家に帰ることにしているが、かといってオヤジと二人、何をするわけでもない。

昨日も、同じ山口県の光市というところに住む、おふくろの弟の家にでも行こうか、と、朝から電話するが繋がらない。





ちょっと古い言い方かもしれないが、宗家、いわゆる跡取りの叔父、もしかしたら市内のおふくろたちの生まれ育った家にきているかも、と、わずかな可能性にかけて実家を覗くと、叔父の車が停まっている。











何年も住む人のいない、まさに荒屋だが、おふくろたち兄弟姉妹とその配偶者たち10人が、タマネギや芋を収穫するために集まっている、集会場でもある。



毎年二回、初夏と秋の恒例の集いだが、おふくろが去り、そして叔父の連れ合いも去り、叔父が畑の世話をする回数も減っていたのだが、これもおふくろの引き合わせなのか。












自分がここまでじっくりおふくろの実家を眺めたのは、いつ以来だろう。

ガキのころ、登った木や餅つきをした一段高い裏庭など、どこを見ても懐かしい。おふくろだけじゃなく、祖父母のおもかげすら思い出させてくれる
光景。





自分が「実家」と呼べる場所が、今、オヤジがいる、あの家だけではないことを感じ、嬉しく思えた1日だった。








幼稚園のころ、この上から真っ逆さまに落ち、血だらけで家まで帰ったっけなぁ………







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この花、なんて花?




中はこんな感じです


だれか教えて下さい



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