そのニュースに驚き、当時三ノ宮にいた弟や従妹の安否を気にしながらも、妻に「いつでも動けるように」準備を頼み出勤
職場に着いてからも、刻々と入る「負」の情報

当時の最大の取引先は、自分が以前勤めていた会社で、本社は神戸
関連会社も多くを神戸に拠点を置き、知人も多いが一向に連絡はつかない

昼過ぎて、弟や従妹が無事であることの確認はできたが、会社絡みのことはなかなか確認がとれず…


今、テレビで小学校から「当時のことを児童に語ってほしい」と依頼を受けた主婦と学校関係者のインタビューが流れていた

「在籍する子供たちが、あのことを知らない世代になり、語られないまま育っていってしまう」


先日、競馬場でだんご汁の話になった時、棟梁が言ってた

「だんご汁なんて、俺らがガキの頃は…」

人を集めて、その前で話しをするわけじゃない、競馬場での会話の一部だけど、やはり戦争を経験した人の言うこと、重みがちがう


件のニュースに接し棟梁のことをふと思い出し、、話を聞く小学生たちが、ちゃんと聞く耳を持って聞いてくれるといいな、と願ってしまった



今日は、最初の会社で世話になっていた人とそのご家族の、十七回忌です