この時期になると2年前の6月、父との裁判で証言台に立った日のことを思い出します。

曾祖父は弁護士でした。私が生まれた時にはもう亡くなっていてどんな方だったかは知らないけど、まさか孫と曾孫が自分の職場で戦うことになるとは想像しなかっただろうと思います。

 

 

PTSDの体調不良を抱え裁判をしていたあの頃は働くなんて全く考えられない状況だったけど、今は仕事をしています。未だ体調は万全ではないため毎日勤務できる訳ではないけど、仕事に出られるくらい元気になったことが嬉しいです。

 

 

結婚前実家にいた時、父から働けない人間は死んだらええねん、この穀潰しが!!と言われていた私にとって『働けない状況=人として存在してはならない状況』でした。

自分が生きてることで経済的に迷惑をかけている、だからと言って死ぬこともできない。申し訳ないという自責の念で押しつぶされそうでした。

 

普通に買い物に出かけることも難しいような体力だったため、家族は今は働ける状況じゃない、仕事どころじゃないんだから身体を優先するようにと言ってくれてましたが、穀潰しという言葉が頭の中を駆け巡り苦しんでいました。

 

 

妹も働けない時期がありました。そして私と同様に働けない自分は生きていてはいけないという気持ちになったと話していました。

 

二人が共がそう信じこむくらい父から受けた洗脳は強烈だったのだと思います。

 

このブログを書き始めたころに比べて随分洗脳が解けてきたのを感じます。

同時に父は医者として持つ心理学や脳科学の知識を巧みに使って洗脳していたのだと感じることも増えました。

 

今だから書けるようになったことも書いていきたいです。