📖 前回のあらすじ

卒業が迫る中、大和川で川釣りを楽しんだ健一、竜二、三郎。駄菓子屋「集い」では、竜二がうっかり「自販機にお茶や水はないの?」と令和の感覚で聞いてしまい、おばちゃんに「家で飲みや!」と呆れられる一幕も。おまけの10円ガムをもらいながら、残された小学生の日常の愛おしさを噛み締めるのだった――。

📜 本編

駄菓子屋からの帰り道。夕暮れの団地の敷地を自転車で走り抜け、階段を上がって自分の家へと戻った竜二(宮本)を待っていたのは、昭和の団地のいつもの夕食風景だった。

カチャリ、と重い鉄製の玄関ドアが開く音がして、玄関で地下足袋を脱ぐドタバタとした足音が狭い廊下に響く。

「ふぅー……ちかれたびー……!」

現場から木くずの匂いとノミの油の匂いを漂わせて居間に倒れ込んできた父ちゃんが、首に巻いたタオルを外し、汗ばんだ長袖シャツの袖をまくり上げながらドサリと畳に腰を下ろした。

テレビのCMで流れるあのフレーズだ。栄養ドリンク「新グロモント」の真似をして、おどけてみせる父ちゃん。

「もう、お父さんたら! 毎日毎日『ちかれたびー』ばっかり言って。大工の棟梁が情けないわねぇ。ほら、ちゃんと手ぇ洗ってきてちょうだい!」

台所からお母さんが呆れ顔で声を飛ばすが、父ちゃんは「一日中、重い柱と格闘して腰がバキバキなんやからしゃあないやろ」と苦笑いしながら、痛む腰をさすって畳の上でゴロゴロと転がっている。

その様子を見た竜二は、救急箱から茶色い湿布薬を取り出すと、父ちゃんの背中に回った。

「父ちゃん、ちょっと服めくってみ」

「ん? なにすんねん竜二」

竜二は冷たい湿布薬のフィルムをペラッと剥がすと、父ちゃんの張った腰に勢いよくペタリと貼り付けた。

「……ほっか、ホッカだよ、おかっさん!」

CMのセリフをおどけて真似してみせると、父ちゃんは「ひゃッ! 冷たッ!」と声を上げつつも、フッと表情を緩めて首をすくめた。

「アホか、お前は(笑)。『ホッカ』いうたら温感シップやろがい! こっちは冷たすぎるわ!」

台所からお母さんも「もう、二人して何やってるのよ」と吹き出している。

そのやり取りを、12歳の身体に還暦越えの心を持つ竜二は、なんだか無性に愛おしい気持ちで見つめていた。

現代の2026年なら、エナジードリンクや最新の湿布をサッと使って、スマホを眺めながら静かに疲れを溜め込んでいる大人が多い。だけどこの時代の大人たちは、こうやって現場でゴツゴツになった手で毎日働き、CMの流行語を真似して家族に甘えたり、おどけたりしながら、泥臭く毎日を懸命に生きていたのだ。

「父ちゃん、お茶入れたるわ」

竜二が茶碗に熱いお茶を注いで差し出すと、父ちゃんはシップの貼られた腰を叩きながら、少し驚いたように目を丸くした。

「おお……竜二、気が利くなぁ。なんや、今日はおとなしいやないか。『木の役』が終わって燃え尽きたんか?」

「ちゃうわ(笑)。父ちゃん毎日現場で家建てて頑張ってるから、たまには優しくしたろ思ってな」

「なんやねん、気味が悪いなぁ!」

父ちゃんは照れくさそうに、木屑のついた頭をボリボリと掻きながら、熱いお茶をズズッとすすった。

「まぁでもな、お前が学校で頑張って、元気に大きくなってくれたらな……こんな『ちかれたびー』の疲れなんて、一発で吹き飛ぶわ。お前が一人前になったら、俺の現場で手伝わせたるからな」

ボソッと呟かれた父ちゃんのその言葉に、竜二は胸の奥がキュンと熱くなった。

昭和五十一年。ノコギリとカンナを握り締め、汗水垂らして働きながら家族を支えてくれた大工の親父の背中。

(父ちゃん……俺、この時代に戻ってきて、父ちゃんの息子になれてほんまに良かったよ)

ちゃぶ台を囲み、家族でテレビを見ながら笑い合う夕食のひととき。

「新グロモント」やシップのCMが流れるたびに「ほら、出た出た!」と笑い合う声が、昭和の団地の小さな居間に、どこまでも温かく響いていた――。


💬 読者の皆様へ

本日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

今回は「ちかれたびー」に加え、懐かしの湿布CMフレーズ「ほっか、ホッカだよ、おかっさん!」を交えた、竜二と大工のお父さんの心温まるやり取りをお届けしました。


それでは次回も『六年三組のタイムカプセル』でお会いしましょう。

サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ……!


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