📖 前回のあらすじ
「今村もタイムスリップ組!?」と内田の知らせに緊張が走る一同。しかし今村の目的は「猪木対アリ戦」と「タイガーマスクになりたい」という小学生の熱弁だった。大ズッコケと爆笑が巻き起こる中、土曜日の朝のチャイムが響き渡る。
【第二十五話】 黒板の巨大定規と、62年目の本音
二時間目、算数。
「いいかー、この図形の角度を証明するときはな……」
担任の大喜多先生が、教壇の下から黄色い巨大な木製のコンパスを取り出した。先端に白チョークを挟み込み、黒板の上で「キーッ」と甲高い音を立てながら綺麗な円を描く。
続いて、取っ手がついたバカでかい半円の分度器を黒板に当て、さらに次は大きな穴があいた木製の三角定規を構えてバシバシと線を引いていく。
それを見ていた隣の席の宮本が、ニヤニヤしながら健一に小さな声で話しかけてきた。
「あった、あった! 懐かしいな〜、あのデカい定規!」
「俺たちの時代はほんとアナログだなぁ……」
健一も思わずクスッと笑う。現代の学校ならデジタル教科書や電子黒板で一発だが、昭和五十一年は先生の腕筋と巨大木製文具がすべてだったのだ。
大喜多先生が「この二つの角が等しいことを証明せよ」と黒板に文字を走らせるのを見つめながら、宮本がポツリと呟いた。
「しかし……なんで図形の証明なんか習わなあかんねやろ。俺、今まで六十二年生きてきて、これが人生で役に立ったことなんて一度もなかったで」
健一も深く頷いた。
「確かに……。理科で星座の並びを覚えても、社会で歴史の年号を覚えても、大人になってからはある意味『雑談』程度にしかならなかったな。しかもその雑談すら、日常で滅多に話題に上がらないし」
「ほんまそれな! 『合同な三角形の証明』なんて、居酒屋のメニューにも載ってへんわ!」
二人が声を殺して肩を揺らして笑っていると、教壇から大喜多先生の鋭い視線が飛んできた。
「こら、宮本! 健一! さっきから何をごそごそしてるんだ。よし、宮本! 黒板の前に出てきて、この図形を証明してみろ!」
「ゲッ……!」
宮本は引きつった顔で健一を見た。
「健一……証明って、どうやるんだったっけ……?」
「知るかよ、五十年以上前のことなんか覚えてるわけないだろ!」
中身は六十二歳のおじさん二人が、十二歳の教科書を前に冷や汗を流す。
昭和五十一年、土曜日の二時間目は、懐かしさと大人ならではの「役に立たない知識」への愚痴で、静かに賑わっていた――。